単行のカナリア

感じて想する

酒と眠剤とサーカス

酒を飲んで酩酊しているとだいたい1時になっていて、酔いがあるのか分からないうちにさてそろそろ寝るかと眠剤を水で流しこんだとする。

そこで、これって酒と眠剤を併用していることになるのだろうか、と考えていた。

酒で眠剤を流しこめばそれはもう併用としかいいようがないが、だったら素面と酩酊の基準値になる血中アルコール濃度が0.25mgの線上だったらどうなんだろう。と考えていてたが、酒も眠剤も欠かすことはないから俺にはあまり関係なかった。「良くないですよ」と言われても「そうですよね」と返すだけ。

 

自伝的小説の唐辺葉介『電気サーカス』から。

 意識を鮮明にしたままでいるのでいやいやでたまらない。家でじっと休んでいても、外をうろうろと徘徊していても、どこもかしこも死臭のようなものが漂っていて、まるで世界中が墓場になってしまったようだ。

 夕方になるころには、もう今日という一日を終了させることしか念頭になくなっており、眠剤を飲んで、アルコール飲料を飲んで、九時か十時かには寝入ってしまう。そのまま永遠に夜が続くのならば少しは気持ちが落ち着いたままでいられるようのだろうけれども、朝は必ず訪れて、そして僕は目を覚ます。意識が鮮明になると、そこには、逃げ出すことの出来ない退屈でみじめな世界があって、うんざりする。

『電気サーカス』

 フリーADVの隷蔵庫『MINDCIRCUS』から。

酒が回って、いい感じになってきた。鬱屈した日常、突破口も救いも見つからず、歩きつづける……。

僕は濁流の中で木切れに引っかかったネズミの死体みたいだ。僕には能力もなく、何の取り柄もない。これは人生を生きるにつれて徐々にわかってきたことだった。

どう毎日を送っていけばいいのかわからない。

睡眠薬の間で意識が酩酊する。ベンゾジアゼピンの信頼できる催眠作用によって、僕は初めて心からリラックスできるような気がしている。

気分が落ち着いて、脳が休まるこの瞬間だけは、唯一幸福を感じる。

いつの間にか、僕のごちゃごちゃに混ざった思考は消え、ゆっくりゆっくり上へ上へと昇ってゆく……

『MINDCIRCUS』

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http://summertimeinblue.net/mindcircus/index.htm

 一方は小説で、もう一方はフリーノベルADVで、どちらもタイトルにサーカスが入っていて作中の雰囲気も類似しているが、それ以外の共通点はいっさいない。

たまたま「サーカス」にタイトルがつく作品に酒と眠剤が登場しただけの話で、それ以上はなくて、ただふたつを見比べてそれぞれやりきれなさが感じられるいい文章だなあと感じる。

さいころ、「寝る」という行為が訳が分からなくて不安だった。なぜ目をつぶると次第に意識が遠のいて朝になっているのだろうと、布団のなかで「寝るのって意味がわからない」とぐるぐる考えてそのまま明日を迎えることが多かった。

いまでは「意識を飛ばす」といったほうが相応しい明日の迎えかたをしていて、「寝る」ための行為をしているとはっきりとした自覚があり、そうなると今度は、その行為を毎日のように頑張ってやっていることが気にいらない。

 

サーカス繋がりで、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの「エレクトリック・サーカス」は心の脆いところを壮大に揺さぶられる。「オレ達に明日が無いってこと初めからそんなの分かっていたよ この鳥たちがどこから来てどこへ行くのかと同じさ」って歌を聴いていると、なんとなく酒と眠剤で意識を飛ばしてせっせと明日を迎えようとしている自分はいったい何をやっているんだろうと思ってしまう。

昔はあのとき聴いていた往年のロックバンドっぽい刹那的な生きかたに憧れていたのに、今は正しい用法容量を守った服薬で不安を抑え込んでいるときている。

酒と眠剤だってレクリエーション目的に併用することはなく、ただ酒が残っている状態で眠剤を飲んでいるというだけの話で、少しでも睡眠時間を捻出するための誤った努力に他ならない。

明日のために頑張って寝ている。その一方で、明日は来ないで欲しいと願っているから、だからこう、眠剤を飲み下すときになにかちぐはぐな気がしてうんざりしてしまう。

最近はずっとそういう一日を繰りかえしている。俺は一体何をやっているんだろうと嫌な気分になって眠りにつく。


THEE MICHELLE GUN ELEPHANT / エレクトリック・サーカス