単行のカナリア

感じて想する

十年間、夏が来るたびに聞いているハヌマーンの「Don't Summer」

 夏に関する曲では、ハヌマーンの『Don't Summer』が一番好きだ。過去に三度もこの曲について書いている。一度目は感想、二度目は歌詞解釈、三度目は自分語り。最初の記事が二千十二年だからもう十年間は聞いていることになる。

 はじめに断っておくと、俺は夏が嫌いというか苦手。この季節はしんどくてうんざりしている。そのせいか『Don't Summer』をストレートに受け取っている。どちらかといえば『Don't Summer Song』という曲だと分かっていてもなお。

 そして、この記事でもう四度目となる。「Don't Summer」を聞きながら、今年もきっとやってくる夏に向けて備えたい。今日は暑すぎるせいで妄想しか産めん頭になっている。四度目となると訳の分からないことを書くが、これは夏のせいに違いない。

 サマーソングの曲中では、夏は行為の原因として挙げられることが多い。俗にいう「夏のせい」というやつだ。この時期の「むしゃくしゃしてやった」という歌詞や供述は、だいたい「夏のせい」と同じことを言っているし、「むしゃくしゃやった」と「むしあつくてやになった」の字面が妙に似ているのは単なる偶然ではない。

 スチャダラパーの『サマージャム’95』、クリープハイプの『ラブホテル』、RADWIMPSの『夏のせい』、羊文学の『なつのせいです』。これらの曲は「夏のせい」という言葉で共通している。みんなこぞって口にする夏のせいと歌う。そのように、夏のせいなのだろう。ハヌマーンの「Don't Summer」だって、夏のせいで生まれてきたのには違いない。

 夏が、7月と8月を支配下に置くようになってから大分経つ。そして、夏は侵略を続け、6月と9月も勢力に取り込もうとしている。季節が夏だけになる日もそう遠くないだろう。夏と冬しかなくなり、そして最後には夏しかなくなる。

 人々はサマーソングを自らの意志で歌っていると思いこまされてる。が、実際は歌わされている。

 「夏のせい」と人々が歌うとき、妙に楽しげである。わたしたちは「夏のせい」と歌っている曲に、「夏のおかげ」と読み取ってしまうようになった。わたしたちは「夏」という言葉に、いつからか恋模様や冒険譚を幻視してしまうようになってしまった。「夏のせい」という言葉は、本来ならば原因を追究する意味があるはずなのに、現在では照れ隠しの言い訳としてしか機能しなくなった。

 ハヌマーンの「Don't Summer」は大胆にもそのような夏を告発する。

 「彼の都合で夢を見ないで」と、夏の謀計を白日の下に晒す。夏の暑さで溶かされないように、硬質かつ冷徹なオルタナティブロックサウンドに身を包み、叫ぶ。最高の、ギター、ベース、ドラムで。「君よ、夏をしないで」、そして「想像に刺さる音楽を止めて」と怒鳴りつける。夏をやめろ。夏に染まるな。夏のせいにするなと。タイトルからして「Don't Summer」だ。一つ単語を付けくわえれば、Don't Summer Songにもなる。

 しかしその必死の抵抗すら夏の情勢をどうすることもできない。こんなにすばらしい曲をもってしても、反逆の試みはついには挫折に終わってしまう。「Don't Summer」ですらも、「それもまたサマーソングだね」と夏という巨大な文脈に回収され、この曲もこの時期に聞きたいサマーソング特集のカタログに掲載されてしまうのだろう。「Don't Summer」と歌っているのに。タイトルにもそう書いているのにもかかわらず。かくいう俺も、「Don't Summer」は夏が近づくと聞きたくなる曲だ。いつの間にかサマーソングになってしまっていた。

 この時期に夏がやってくるとみんなそわそわしはじめる。そうなってしまうのは、恐怖や不安が発するSOSのメッセージなのだが、わたしたちはそわそわしているのは期待しているからと、誤った帰属をしてしまう。そのような思考枠以外は夏に溶かされて、そう思うことしか人間に許されていない。三十四℃をこえてまともな思考ができるわけがない。 

 最後は「気は確かさ 俺には只、笑っちまうほど 何もないだけ」となる。それだけ。夏のせいにすることすらない。しかし、それこそが、夏を耐え凌ぐために必要な態度なのかもしれない。何もなくて夏のせいにすることができない状況は、果たして幸か不幸なのかは分からないが。夏には、そのような夏もある。 

 どうしようもない。そして、また今年も夏がやってくる。サビの「三つ編みのままで(三つ編みのsummer daysって歌ってるけど)」はいまだによく分からないまま。この記事もまた夏のせいによって書かれた。ここまで書いておいて、サマーソングはわりと好きだったりする。別に夏が嫌いだからといって夏の曲が嫌いというわけではない。

 京都の炎天下のなか、締め切った室内で蒸し暑くて倒れそうになりながら養生作業をしていたとき、大工さんが持ち込んだマキタの充電式ラジオから涼し気なサマーソングが流れてきたときは、さすがに「その音楽をやめろ!」と思ったけどしいていえばそれくらい。

dnimmind.hatenablog.com

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 Youtubeに「Don't Summer」のエヴァンゲリオン音MADがある。アルバムにクレジットされている鼻兄が制作したものである。そのエヴァンゲリオンもついに完結した。


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