単行のカナリア

感じて想する

『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか』を読む

 

 脳という分野に限定されるが、バイオハッキングやトランスヒューマンといった身体改造技術の話だ。攻殻機動隊への道筋だ。これがおもしろくないわけがない。「人間の能力はどこまで拡張できるのか」を是非とも教えて欲しい。

 最初に、俺がもっとも興味深く読んだうつ病の話したい。バイオメーカ―(診断のために使われる生体の指標)が確立されていない精神疾患をどう診断するのかというのは、精神科医の本でもよく出てくる悩みである。結局は、「職人芸」にならざるえないというのが一般的な答えだった。そこで、人工知能ビッグデータを利用して精神疾患のバイオメーターを見つけようとする新たな学問分野の「計算論的精神医学」が登場したという。精神疾患界隈では、このような古典的医学モデルは進展がないゆえに話題にならなくなってきているようだが、今後の技術発展によっては主流になってもおかしくない。いずれ、ビッグデータ精神障害者等級が決定される未来や、日々の精神状態によって服薬する向精神薬が配られる未来を想像すると、なにやら心躍ってくる。

 

 話を戻して、俺は以前は脳科学の本をよく読んでいた。人間はたいしたことがない、ということを知りたいために最新の脳科学の知見を知るために読んでいたものだった。ある時期まで、池谷裕二の著書はそれこそすべて読んでいた。ある時期に再現性の危機という話を知り、過去の著書で紹介されていた実験が追試によって再現性がないと知ってからは、急に関心がなくなった。

 だから『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか』も話半分で読んでいる。

 とはいえ、やはりこういう話は面白い。本によると、脳から情報を読み取るのは物理的なテクノロジーに依存する制約があり、いまだ発展途上。ハードの問題。一方で、読み取った情報を解析する人工知能は革新進化が起きている。ソフトの問題。

 ディープランニングの強みを一言で言うと、「それまでは人間が選んでいた特徴量をデータから自動的に学習する」ということです。ディープランニングが登場する以前は、画像の分類に必要な情報を人間が選択していました。この「分類に必要な情報」のことを、人口の知能の分野では「特徴量」と呼びます。

 第一章の人工知能の話題はすでに『人工知能は人間を超えるか』で読んでいたので目新しさはなかった。面白いのは、第二章から。

 最新結果集。

・脳活動を人工知能で読み取ることで、その人が考えていることを直接文章で翻訳できるようになったという研究。

・目が見えなくなってしまった人の視力を取りもどすために、人工眼球が開発され、人工的な視神経も開発中。

・失明した人の脳に電極を埋め込み、外界の情報を直接脳に送る研究。これはすでに、ArgusⅡという人工網膜システムはアメリカで許可が下り、世界中に350人の利用者がいる。

    攻殻機動隊のバトーさんみたいなイメージ図。

・視覚野をまるで線をなぞるように電気刺激することで、脳で文字を「読む」ことができたという研究

・バーチャルなネズミをコンピューター上でシュミレートする、ネズミを使って行われている脳研究の代替できる可能性 (円城塔の『リスを実装する』だ!)

・中国の「人工知能に医師国家試験を合格させる」プロジェクトは二千十七年時点ですでに成功している

・出された指示に対してプログラミング言語で回答するGPT-3の登場

 とまあ、最前線での研究について、どこまで可能かどこからが研究中かなどが詳しく書かれていた。

 やはり哲学というのは大事なんだ、とこの章を読んで分かった。よく言われることだが、科学と哲学の密接な関係性がここにも出てくる。たとえば、意識や意味といったものを脳科学で研究するときに、意識や意味はこういうものだと定義し、はじめに仮説(実験においては公理)を措定しなければならない。そのときの基盤になるのが、哲学の言葉だ。それがないと始まらない。「意味の理解というのは、世界と言語との対応表を学習ことである」という定義が引用されるが、俺が読んだことがある現代思想の本ではこの定義は一般的ではない。

 あとTwitter買収どうこうで話題になっていたイーロン・マスクの名前がよく出てくる。彼はこの分野に資金援助しているようで、その企業のNeruralinkでは「脳と人工知能を接続することで超人類になる」と宣言し、実際に革新的なデバイスを作成しているらしい。

 面白く期待させるような研究が数多く紹介されるが、しかし、まだまだ発展途上と言わざるえない状況でもある。それは依然として「高い精度で脳情報の読み取りと書き込み」を行う技術がない。分野の研究を大きく進める計測技術は日進月歩の歩みなってしまうということだ。とはいえ、十数年前までは脳トレの川島教授がfMRIで測定した脳の血流量でどうこう言っていたのに比べれば、明らかに進歩しているのは違いない。   

 人間は大したことがないという話が好きなので、「オッカムのカミソリという考え方は人間の認知限界から生まれているのでは」、「大量の変数を用いて世界をモデル化する高次元科学の時代が来るのでは」という話は気に入った。

 BMIを用いた神経・精神疾患の治療という「脳活動からその人の状態を判定し、その結果に応じて脳を刺激して症状を緩和する」ってのはまさにグレッグ・イーガンの『しあわせの理由』や伊藤計劃の『ハーモニー』みがある。まあ、その過渡期では俺のような貧乏人だけが精神疾患になり、スティグマに悩まされる社会が待ち受けているだろう……。

 夢がある。しかし、まだまだ厳しい。人工知能の発展は目まぐるしい。一方で、測定技術は依然として脳の全貌を明らかにするにはあまりに頼りなく足止めを食らっている。イーロン・マスクは頑張っている。そういう感じだった。以上。