単行のカナリア

スプラトゥーン3のサーモンラン全ステージ野良カンスト勢です!

最も効率がいいやり方は井戸に毒を入れること/名作SS 勇者「魔王倒したし帰るか」感想

勇者「魔王倒したし帰るか」はもとは2chに投稿されたSSで、現在はなろうサイトに完成版が掲載されている。

勇者「魔王倒したし帰るか」

https://ncode.syosetu.com/n3065fd/

ジャンルはダークファンタジー

RPGの経験値上げのための雑魚狩りが「大量殺戮」となってしまったら? 過酷な旅のなかですり減っていくのがHP/MPだけでなく精神もだったらならば? もしくはドラクエやってて「メダパニって魔法あるけど、あれで混乱したら自分を攻撃するって重度の錯乱状態だし、予後大丈夫なのか?トラウマにならないのか?HPやMPは宿屋で寝たら回復するけれど、もし寝れないほどしんどかったら?」とか「勇者に素質があるすれば、いつでも睡眠を取れることに他ならないのでは?」という疑問が浮かんだ人にはおすすめできる。

この『勇者「魔王倒したし帰るか」』は、「RPGゲームの設定に「人間らしさ」というパラメーターを加えたらどんな物語になるか」を会話や手記などの形式で描いたショートストーリーといえそう。

基本的なRPGファンタジーの設定を踏襲しつつ、回復や復活できることがいかに残酷なことが丁寧に描かれている。ただ傷つくだけのRPGクソゲーだろうが、何度も生き返ってしまう人生もまたクソゲーになる。死んでも降りることができない「勇者」という役割は呪い以外の一体なんというのだろうか。そのクソさ、過酷さや悲劇が飄々と語られていく。

R15の残酷や過激な描写があり、ストーリーの特質上、容易に回復することができない精神のダメージが取り上げられている。隠しパラーメーターに精神を加えた途端に世界は一転して血で染まった世界が顕現する。

設定のユニークさ、ストーリー自体の面白さもあり、『勇者「魔王倒したし帰るか」』は名作SSだった。

 

以下、感想。

古典的な世界に住む主人公たちにはいつだって世界を救うとか愛した人を助けるとかの大義名分があり、その旗のもとに殺戮・窃盗など含めてありとあらゆる手段は正当化されていく。そして、その正義に酔えているかぎりでは、どれだけ傷ついても寝たら次の日には全快になれる。 

しかし、その正義は、薬草依存症になったり、目の前で「殺さないでくれ」と悲壮な顔つきで懇願するモンスターにトドメを刺したり、しかもまだ幼い子のような年齢で親の亡骸にしがみついて泣いているモンスターを手で殺めたり、モンスターの集落を制圧するために井戸に毒を投げ入れたりしても、その正義を抱きつづけるのは難しい。

これが生存が目的ならば話は変わってきたのだろう。命と天秤にかけて釣り合わないことのほうが少ない。かりにあったとしても生きているからこそで、生というのはそれ自体が肯定を含んでいる。

しかし、世界を救うは、生きるためとは違う。よりよく生きるためと、生きるためとの間には決定来な違いがある。

主人公たちの旅は、いずれ起きうるだろう虐殺を事前に防止するために先手をうって虐殺を行うというもので。それがこの物語における世界を救うことに他ならない。そしてたかが数百回ほど死んだくらいでは諦めることは許されていない。痛みや苦しみの中で勇気を奮うことを絶えず強要される役割に名付けられたのが「勇者」なのだろう。

『魔王倒したし帰るか』では生々しい感情を描かれている。というかわざとそういった側面に焦点を当てて描いている。おもしろいと感じたのが、薬草依存症、蘇生させられてしまう苦痛、人間の裏切り、食糧問題などの厳しさを徹底して描いているところ。

物語における「死」はおおむね悲劇になるのだが、今作では「死ねない」ことこそが悲劇になる。それに「回復」した分だけダメージを負っている。

だからといって、もう犯した罪の重さによって引き返すことができないから、とんでもない悲劇の渦中につき進んでいくことになる。引いても地獄、進んでも地獄。

そして体を癒す魔法はあるが、心を癒す魔法はけっしてない。旅の記憶は積み重なりつづけていく。

「魔王倒したし帰るか」の勇者の軽妙な語り口、あれだけ悲惨な経験を繰り返したら滑稽さを含んだ自虐をしてしまうのはもっともだ。ノリが軽い勇者だが、だからこそ旅のどうしようもなさが浮き彫りになる。

勇者が仲間の賢者を食べてしまったことを語るシーンがすごかった。あれだけ辛い旅でずっと一緒にいる仲間は、もはや友人とか恋人とかの関係性を越えた大切な存在なのに、それを食べる。何のためといえば、魔王を倒すためで。

理性で納得できているが、それに感情が同意してくれるとは限らない。勇者はその名の通りに勇敢に選択しつづけてしまい、そして壊れる。

世界を救うことや魔王を倒すことはそうするに越したことはなさそうだが、仲間の死骸を食べることと天秤にかけられたらどうしようもない。認知的不協和のあまりに脳みそが100年分老化したって不思議ではない。賢者の石は、あなたを助けたいという意思に他ならず、ゲームクリア後にも人生はつづく。

ゲームをクリアした後はきっと数えきれないほどの罪と後悔をお土産に帰ってくるのだ。持ち物はいっぱいなのにそれを捨てるなんてとんでもない。