単行のカナリア

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古谷実「ヒミズ」感想、原作で至高の漫画


 すでに小説と映画の感想は書いているので、今回は漫画の「ヒミズ」の感想を書きます。学生時代に読んで以来、いまだに初読時の衝撃が抜けきらないほどに、自分の価値観に多大な影響をあたえている作品です。具体的にいえば、最近ひさしぶりに読んだときに気づいたんですが、俺は主人公の住田と同じ言葉で同じ思考をしていることが多々ありました。ここまでくると影響を受けたというか取り憑かれたって表現のほうが正しいかもしれません。


新装版 ヒミズ 上 (KCデラックス)
新装版 ヒミズ 上 (KCデラックス) 

新装版 ヒミズ 下 (KCデラックス)
新装版 ヒミズ 下 (KCデラックス)

 ヒミズのなにがすごかったというと、ストーリーが必然性とリアリティを保ちつつ、あの衝撃のラストの結末を迎えさせたことだとおもいます。もちろんリアリティを感じるかは人によるのですが、私のような方々にとっては、息苦しさを感じるほどリアリティがあったのは確かでしょう。それは主人公の住田が自殺するという結末までに、歩みつづけた過程があまりにも生々しいから。というのも、ページの多くが住田の心理描写に費やされていて、徹底して変わりゆく心理過程を追いつづけています。「衝撃のラスト」というのは、なにも予想外の展開だからだけではなくて、その予想外の展開に「納得」できてしまったことも含まれているとおもっています。まあ、あのラストは喪失感がすごいですからね。
 
 ヒミズの紹介文で、これまでギャグ漫画を描いていた古谷実がそのギャグ要素を排除したってのを見かけますが、序盤ではいつものしょーもない中学生のくだらない日常を描いているんですよね。ここらへんの日常描写は古谷実にとってはお手の物で、そういう物語だと勘違いしてしまうくらいにのほほんとしていているのも後半の展開を際立たせています。

 そしてちょうど、二巻の中盤あたりで住田が父親を殺したときから、物語は本編に向けて一気にシフトチェンジして、いよいよ笑いより苦しみの量が多くなってきます。たぶん私はそこから緊張感をもって物語を読みはじめました。そして、こちらが作品の重苦しさに疲れるくらいで、行きついた先が住田が引き金をひく衝撃のラストになります。

 住田の価値観は非常に分かりやすいものです。「クズは死ぬべきだ」「他人に迷惑をかけるな」「俺は普通でありたい」と、多くの「こうあるべき」と、少しの「こうありたい」という価値観への執着で成り立っています。おそらくは、不遇な環境のなかで自衛手段としてつちかってきたもので、こころの拠り所になっていた大切な信念でしょう。

 そして、父親を殺してしまって、決定的となる自己矛盾が生じる。普通という存在ではなくなって、他人を殺す最低のクズとなってしまう。不幸なことに、住田のもつ信念、あくまで「正しいこと」を拠りどころにしています。そのせいで、自己矛盾したときに信念をころっと変えるなんて器用なマネはできず、文字通りに自分で自分を処分することになりました。

 信念を守って、死んでいくことと、信念を捨てて、生きていくこと。行くも地獄引くも地獄。
 相当に凄惨なストーリーだとおもいます。たまには救われないことだってある、と。


  まあ色々と書きましたが、正直あのラストに泣きました。あれって何も悲しいことではなくてむしろ救いだったのようにおもいます。だって、あれから自首して、さんざん辛くめんどうくさい思いをして生きて、それからなんになるって話なんですよ。別にとくに目的がないのではなくて、住田は彼なりの信念を持って生きていた。ただ運が悪くてそれと違えてしまって、どうも新しいものを受け入れるのが苦痛で自殺をした。その信念だってこれまでの自分を支えてきたもので、いってみれば魂の拠り所となる大切なモノだった。あのまま生きて、自分を許して、クズを許して、普通から外れて、信念に裏切ることの苦痛が、自殺することを上回ったって何もおかしくない。やっぱり、あの結末は必然だったとおもいます。だからこそ最高の漫画として私は記憶しつづけているのでしょう。