ひさびさのTHE BACK HORN名曲レビュー。
アルバム「リヴスコール」から「シンフォニア」。
※ライブドアブログで歌詞掲載がオッケーになったので、これからは記事の終わりに歌詞を置いときます。
新境地。
エッジの効いたギターリフを主体にした疾走感があるバンドサウンドで、サビになるとバーッと視界が開けていくようなオープン感と、ひたすら駆け抜けていくようなエネルギッシュさ。一方で、言葉遊びのフレーズを取り入れたり、めずらしく横文字を盛り込んだりと、様々な言葉が奔流していくように雑多になっているギャップが面白い。
ある種の力技を感じさせる曲ですよね。
「シンフォニア」は繋ぎ合わせて詰め込んだと本人たちが語っていたようにちぐはぐ感があるのですが、それでも何かが始まりそうな予感に満ちていて。ラストの「始まりが僕らを待っている」と根拠のない言葉でさえも、シンフォニアを聞いてると本当にそうかもしれないと納得を誘う力強さがを感じました。
これまでは違って、むしろ言葉に縛られないがゆえの軽やかさが心地よかったりもします。
やけに派手な歌詞になっていますが、言葉遊びや横文字によるケレン味っぽいですからね。
「放物線描いて最後尾から愛を ありのままかどうかは問わなくていい」
「たくさんの想いを傷つけて悲しませても ここにいたい 許されなくたって」
「何も変わらないけど洗いたてのシーツが 夜を越えさせてゆくこともあるだろう」
これらの歌詞が象徴しているように、ありのままでなくたって許されなくたって何も変わらなくたって、「始まりが僕らを待っている」と歌うわけです。
こういうのってTHE BACK HORNにはめずらしいというか、ここまで無理矢理な応援歌ってのはおそらくなかった筈。私がシンフォニアを気に入っているのはまさにこの無理矢理さなんですよね。
すでにライブで何度か聞いて思ったのがシンフォニアってかなりのライブ曲ということ。
この曲の躍動感と開放感を伴ったバンドアンサンブルはライブでこそ本領発揮して、とくにサビの鮮やかな盛りあがりはとにかく爽快な感覚を味わえました。
そこで思ったのが、特にこれといった理由や根拠がなくても、希望を感じさせてくれるような体験だってあるってことで。その体験そのものを味わえるのがシンフォニアなのだと。まあしかし、これはバックホーンがバンドとしてタフだからこその力技で、またシリウスやコバルトブルーのようなメッセージ性を持つ曲があってこそ、シンフォニアの底抜けの希望が説得力を持つのでしょうね。そういうのだってアリだと。
まさしく新境地の一曲。
そして、シンフォニアは地を這うような泥臭さはもはや一切なくて、空を翔けていく鮮やかさや軽やかさが印象的です。要は、外に開かれていると。
それが「洗いたてのシーツが夜を越えさせてゆくこともあるだろう」という歌詞に表れているように思えます。ときには些細なことが重々しい苦悩を吹きとばすことだってあって。そのためには「何もないのに何か変わっていく」かもしれない可能性を受け入れなければならない。自分という存在を外側に開いていく、そんな覚悟もまた読みとれるような気がしますね。
とまあ、レビューなのであえて色々と書いてきましたが、この曲はそんなことはどうでもよくてただその心地よさに身を任せばいいってことですね。じつは初めて聞いたときはあまり好きではなかったのですが、ライブで聞いて一気にハマって好きになったので、できればライブで聞いて欲しい一曲ですね。とにかく、カッコよくて未来を感じさせてくれる曲。
コメントにて面白い話を聞いたので引用させてもらいます。
「僕が死にゆくときのためのエチュード」は映画「おくりびと」を観た際に浮かんだフレーズで、「天災にさえ勝る天才的な愛の存在」は栄純が友人の子供の笑顔を見たときに閃いたフレーズだそうです。
だとすると、「想像上の未来に全感覚でタッチするスクリーンに」という歌詞は、携帯からスマートフォンに乗り換えたエピソードっぽいです。やっぱりシンフォニアは面白い曲ですね。 ====
歌詞
僕が死にゆく時のためのエチュードが
始まりが僕らを待ってる