単行のカナリア

スプラトゥーン3のサーモンラン全ステージ野良カンスト勢です!

1か月間くらいSyrup16gの「HURT」を聞いている

 
 前置き。Syrup16gの「HURT」の感想をもう何度も書こうとしているんですが絶賛挫折中です。言葉が出ないんですよ。それもそのはずで、自分がこの作品をどう評価しているのか私にもさっぱり分かりません。ないものを書くことはできない。でっちあげることはできますが、そんなことはしたくないし。でも、そのわりには発売されてからここ1ヶ月間ずっとリピートしているから、とにかく好きってのはまちがいないんですけど、その後につづく感想が見当たりません。
 
 しかし、こうしているうちにライブが明日に迫ってきていまして、そのライブによって感想が大きく変わってしまう恐れがあります。そうなったときのために現時点の感想を残しておきたいと思ったのでなんとかかんとかまとめておくことにしました「HURT」の感想を書くとき妙なぜかなブレーキがかかっているのでそれを外すべくお酒の力を借りて書いているということをお知らせしときます。

Syrup16g「HURT」

 「HURT」は6年振りの再出発となるアルバムですが、今作はその留保なくSyrup16gの最新作としてすばらしいアルバムだと思います。「けっこう良いんじゃないの」と思ったのが最初の感想で、「けっこう良いじゃないか」と思ったのが2週間後の感想で、「かなり良いアルバムだ」というのが現在の感想です。もうちょっとしたら「最高じゃないか」とか言いだします。多分。
 
 復帰作でかつ意欲作。そして、良作です。ひとりきりだった6年間に別れを告げてまたバンドとしてやっていこうといった覚悟が全編通して伝わってきます。その覚悟もあいまってか意欲に溢れた作品になっています。基本、ギターはディレイやリバースなどを多用した輪郭がぼやけた煌めくサウンドで、それを熟練したリズム隊ががっしりと支えたバンドサウンド。それに救済と勇気をあたえる歌詞をのっけるという、意欲的といえども飛び道具的な曲はなくてあくまで堅実な作品です。

 今作は、初期衝動を大事にしたとインタビューにありました。それもあって荒削り、前のめり地味のバンドサウンドが印象的で、ギター一本で成立してしまう曲はほとんどなく、その代わりにスリピースバンドであることを主張するようなサウンドが多いです。「HURT」は色々な曲があって色々と良いんですよ。バンドサウンドを重視したうえで幅も広く取ってあってバラエティ豊かになっています。そんで、新しいアイデアを馴染みのバンドでやることでその安定感はさすがのものです。とっちらかったなんて印象は微塵もありませんし、さっそくしっくりきていますし、多種多様のバンドサウンドはアルバムの聞きどころになっています。良曲が揃ったバランスいいアルバムに仕上がっています。すばらしいです。そして、通底して煌めいているってのがなにより良い。6年間のうす暗さを背景にした再結成のきらめきはよく映える、とかそういう感じで。
 
 シンプルなコードでシリアスにアラブる一曲目の「Share the light」や、ブラウン管から聞こえてきそうなシロップ流ディスコの「メビウスゲート」、また歌詞からメロディーまで外に開けている「旅立ちの歌」などは新機軸といえる曲になっています。その一方で、「哀しき Shoegaze」や「生きているよりマシさ」など、以前のSyrup16gの延長線上にあるような曲もあります。過去なんて決別できるわけもないからこれまでを引きつれてこれからに向かっていく、その過程と覚悟がきれいにパッケージされている作品だとおもいました。

 そんでもってSyrup16gの魅力のひとつである歌詞は喜んでいいのか相変わらずのすばらしいものでした。基本的に生々しい独白が大半を占めていて「はっきり断言する 人生楽しくない」、「低賃金ハードワーカー」などツイッターで呟きたくなるフレーズが満載。そのなかでもっとも心を揺さぶったのが「ゆびきりをしたのは」の「勇気を使いたいんだろう」というフレーズでした。うす暗い回顧録8割、きらめくこれからのこととこれまでのこと2割と絶妙な塩梅になっています。リード曲の「生きているよりマシさ」はそれがよく表われているとおもいます。それと、この曲を境に開放的になっていって、最後の「旅立ちの歌」に繋がるドラマチックな展開はこのアルバムの魅力ですね。

 「HURT」を聞いているとやっぱりSyrup16gはロックバンドとして最高なんだなと思いました。「ゆびきりをしたのは」ではアンニュイなリフから「勇気を使いたいんだろ」と躍動感溢れる8ビートのロックサウンド、メロディアスなベースをクッションとして展開していく「Stop brain」や、またリード曲にもなったバンド一然となってキラメキを鳴らす「生きているマシさ」などバンドの連携が聞き応えあるサウンドばかりです。なかでも、強固なリズム隊に支えられて儚いギターサウンドが覆う「宇宙遊泳」の浮遊感は渾身の出来じゃないかとおもいます。でも、一番好きなのは「イカれた HOLIDAYS」ですね。ギターの憂いあるウォールサウンドと、その裏で動き回るベースの組み合わせはたまりません。メロディーも一番気に入っています。
 

 「この6年間どうしていたのか」、「これからどんなバンドになるのか」、これらの疑問はキラメキに溢れたバンドサウンドとして解答されているから、6年前のSyrup16gから今のSyrup16gはすんなりと繋った気がします。インタビューでタイトなスケジュールとかブランクがあったとか書いてあったから不安もあったんですが、さすがというかやっぱりというか「HURT」は紛れもなくいいアルバムでした。Syrup16gはアルバムによって様相がガラッと変わります。そのおかげでSyrup16gはアルバムとして聞くのが好きなのですが、今回の「HURT」はそのすばらしい過去の作品たちの一つになって輝いています。今は多分一番輝いています。ずっと選びつづけてきたオーディオープレイヤーのSyrup16gというカテゴリーにひとつすばらしい作品が加わりました。これはまったくすばらしいことなのです。

 補足。「HURT」の題名は「ハート・ロッカー」っていう映画から取ったものらしいです。あの映画を雑に簡単に説明すれば、主人公が戦場で苦痛を経験しつづけたのにも関わらずまた戦場に戻ってしまう、といった業の深さを告訴するような映画です。五十嵐隆にとって音楽をやるっていうのはその戦場なのものかもしれませんが、ただ、「HURT」に通底しているバンドをやっていることへの喜びを聞いていると似て非なるものだとおもいました。傷付けるってよりかは切り開くような作品ですから。