単行のカナリア

感じて想する

死ぬこと、自死することについて

 
 死ぬことについて雑記。

 例えば、いまこの瞬間に死ねるボタンが出現したとする。ただし、いまこの瞬間に押さなければ一生押すことはできないボタン。それが目の前に出現すればわたしは迷わず押すことになるとおもう。歓迎こそすれど躊躇はしない。思い残すはそれなりにあるけれど、それよりも死ねるならば力を入れて押す。連打する。

 人が死ぬとは具体的にどういった状態になるのだろうと思い立って、人が死ぬ瞬間の動画・画像を見まくったことがある。そのときに死にざまがむごらしければむごたらしいほど頭と体が死ぬことを拒絶することを学んだ。そういった回路が頭や体に組み込まれていることを痛感した。それはとてつもない強固さをもった安全装置だった。そのせいで、ある首切りの動画に戦慄してしまったこともあった。

 私は唯物論者かつ機械論者であるからか、死ぬということに対して機能が停止する以上の意味を認めていない。死ねば死ぬだけの話。しかし、死ぬことに対してわたしに組み込まれている危機回避回路がそれを全力で避けようとするし、わたしが抱えている観念的な希死念慮はそれを上回ることがない。だから、まだ生きているし、死ぬまでその戦況が翻ることはないとおもう。


 小学四年生のころ、死ぬことを考えて眠れなくなったときがあった。一週間くらい悩んだ挙句、「死については年をとってから死にそうなときになって考えればいいや」と先送りにした。しかし、いまではその悩みはまったくといってなくなった。頭がおかしくなったときに認知療法に出会って脳神経科学の本を読みあさっていつしか唯物論に傾いて死ぬことへの恐れ(あくまで状態としての死)はなくなった。ただその過程に待ちうけているであろう苦痛、そしてありきたりのグロ画像に変わりはてる死に様、それらを死ぬほど恐れている。
 
 年をとって死ぬこと、いわゆる天寿を全うとすること、それはあまり苦痛もなく幸福なことだとおもっていたが、実際に老人の死にざまを目にしたり「自死という生き方」という本を読んだりするなかで、その考えはまったくの間違いであったと知った。いつ死のうとその過程は苦痛でしかない。むしろ、年をとって安楽に死ぬことに期待するよりかは、そのうち覚悟と準備のもとで自死したほうが苦痛が少ないこともあると知った。先送りにすればどうにかなるというのは愚かな誤解であるとおもう。事実、自殺者数・自殺率ともに高齢者が圧倒的な割合を占めている。しかもその理由の過半数が継続的な身体的苦痛であることはデータが示している。
 
 自死する勇気があるならば何だって出来るだろう、というのは決定的な間違いだ。自死というのは問題解決の手段であって、そこで解決したい問題というのが「何だって出来る」に含まれているそのものだから。


 精神疾患による自殺はほぼ他殺の様相を帯びている。今回の話はそれとは別の話。だけれど、希死念慮に憑りつかれている人間は誰しもがグレーゾーンに位置するともおもう。ただわたしはそうではないと線を引いている。それが正しいかどうかはよく分からない。酔っているときには酔っていると分かるけれど、頭がおかしくなっているときには頭がおかしくなっていると気づけるかの問題。多分、気づけない。


 THE BACK HORNの「赤眼の路上」という曲に、「死にゆく勇気なんてない それなら生きるしかないだろう」という歌詞がある。昔はこの言葉に納得していたが、しかし、今ではそれはあまり適切ではないとおもう。実際に自死を成し遂げた方々について調べていると、自死に必要なのはちゃんとした動機と準備ということが分かった。思いつきでやるものではない。いや、べつに思いつきでもいいんだけど、動機があって準備さえ整っているのが肝要で、あとは最後にちょっとした勇気さえあればいい。勇気を使用するのは最後の最後でしかもちょっとだけでいい。それよりも確固たる動機を持っているか、そのために準備をしているかのほうが大事なのだ。

 なぜここまで希死念慮に憑りつかれているかは正直のところ分からない。一時的的な精神疾患かもしれないし、これまでの人生にあまりにも恥と苦痛が多すぎたせいかもしれないし、そもそもが怠惰で意欲も目的もなく面倒くさいからかもしれない。ただどのような理由であれ生々しい希死念慮のみは確かなものである。それだけは確かだ。

 わたしは親が自身の願望を叶えるための道具でしかなかった。これは確固たる信念であり、それを改心させようと様々な努力をしたが、やはりわたしは親の道具でしかなかった。わたしは明確な製造計画のもとに誕生して、わたしはその目的を果たせずに道具として壊れてしまった。壊れたおもちゃ、機能不全の道具、そういったものでしかないのだけれど、それでも脳は万全な安全装置を備えている。しかもそれがあまりにも強固であるのはもはや不幸以外の何物でもない。 


 強烈な希死念慮に憑りつかれていたとき、死ぬまでにやり残したことを数え上げようとしたことがある。 しかし、そのどれもが労力と成果が釣り合わないもので、そんな面倒くさいことをするならしないほうがマシだという結論に至った。つまりはやり残したことなぞ端っからなかったのだった。むしろ、死ぬからといってやりたくないこと避けたいことはそれこそ死ぬほど思いついてしまった。

 動機はある。まだ経済的に困窮していないから深刻な動機ではないけれど、それは経済的に困窮すれば立派な動機になりうるということだ。完全ではないが準備もしている。おそらくそう遠く未来に機会が巡ってくるだろう。そのときには最後の勇気を使い果たしたいものだ。

 「これからさき良いことがあるかもしれない」。しかし、わたしは良いことと苦しいことを同時に受け入れることができない。それらが同時に生じたときに苦しいことのみを注視してしまう。それは病的なまでに稼働している安全装置のせいである。それについて決定的な診断を貰ったこともあるくらいだ。この安全装置は些細なことでけたたましい警報を鳴らして、わたしのそれでノイローゼになって死にたいときているので、まったくもって本末転倒だと苦笑している。


 自殺をすれば必ずといって他者に迷惑をかけることになる。誰もが迷惑をかけてほしくないと思っている。それならば、わたしが死ぬことで喜ぶ人を増やすような生き方をすれば迷惑は最小限で済むのではないかとおもったが、それはそれで面倒くさいのでただおもうだけだった。
  
 これらの文章もそんなことをおもっただけの話でした。大事なことを付け加えておきますが、「死ぬ死ぬ言っているうちはそいつは死なない」みたいな意見がありますけど、わたしが図書館とインターネットと見聞きした膨大な事例のほとんど大抵が死ぬ死ぬ言っていました。おしまい。