NUMBER GIRLと出会いつづける人生だった

 バンドはいつ活動を停止するのだろうか? 
 普通に考えるならばそのバンドが活動停止すると宣言する日だろう。

 しかし解散したからといってその日を境に彼らの楽曲が聞かれなくなるなんてことありえない。むしろ熱狂が加速することだってある。その熱狂がだいたい17年つづいた後にまたバンドが再結成することだってある。活動は停止されていない。
 
 たとえばNUMBER GIRLの場合。彼らは2002年11月30日に解散した。
 確かに解散した。
 しかし活動は停止されていない。僕がこれまで読んできた漫画や小説で彼らは絶え間なく活動しつづけていた。ときには漫画にアルバムジャケットで登場して。ときには楽曲のタイトルが漫画のタイトルになって。ときには小説にそのライブを描写されることによって。彼らは活動をしていた。いや、させられていた。それぞれのNUMBER GIRLがそれぞれの形で。
 そして2019年2月15日に再結成を発表した。
 
 引用。
 会場内には千人超の観客がひしめている。演奏がスタートすると、いきなりライブが展開する。ペットボトルがその中身ごと数十本舞い飛ぶ。ジュートとミネラルウォーターと生ビールがきらきら煌めきながら第二の照明効果を誕生させる。叩きだされるナンバーガールの4名の演奏はその会場内の反応に左右されずに一瞬たりとも硬度をうしなわない。弛まない。しかし僕はダイブしない。僕はずっと立ち見席の奥のほうにいて、ただ真剣に見据えいて、聴衆する。サウンドにおぼれる。
 
 (中略)
 
 あさってナンバーガールが解散する。

古川日出男「BODY AND SOUL」

 「敷居の住人」を読む。緑に髪を染めたイケメンでナイーブな主人公が人間関係に挫折する。やり切れなくなって部屋にひきこもって音楽を聞きつづける。
 彼は何を聞いているのか? 彼は何なら聞くことができたのか?
 まっ黒の背景で横を向いた少女のジャケットが描写される。差し込まれる一コマ。僕は気づく。これはNUMBER GIRLのSAPPUKEだ。そこで分かる。少年がどのような気持ちか。なぜ少年がそのアルバムを選んだのか。実体験に照らすことで一方的な理解が生じる。

 佐藤友哉の小説を読む。鏡家サーガを読み通した。水没ピアノはまぎれもない名作だ。
 するとNUMBER GIRLがまた活動している。こんどは凄惨な青春のストーリーのなかで。彼らは活動するステージを選ぶことはできない。人の頭のなかに熱狂を記憶させた代償で彼らはいつでもどこでも活動させられてしまう。

 映画「害虫」を観たことがあった。ストーリーはよく覚えていない。ただNUMBER GIRLの「I don’t know」のイントロが騒がしく鳴っていたことはよく覚えている。白状すれば僕はそのために見たようなものだったし。それまでの静けさが冗談みたいに裏返って物語が急展開を迎えていった。そのときの驚きと高揚感と騒がしさは脳裏に焼きついている。 
 
 「ロッキンユー!!!」をNUMBER GIRLが活動していると聞いたからそれだけで読みはじめた。僕は色眼鏡をかけている。それもずいぶんと分厚いようだ。しかし「モテキ」は見ない。読みはしたが。
 
 最近「鉄風」を読んだ。美しく歪んだ少女たちが出てくる。彼女たちが目を輝かせて殴りあう、総合格闘技を舞台にした歪んだ漫画。タイトルからしNUMBER GIRLを彷彿とさせるが、彼らについて言及されない。
 最終巻までは。
 最終巻のページをめくる。たどり着く。最終章のタイトルは「School Girl Distortional Addict」。満を持して彼らのアルバム名が登場する。途端、NUMBER GIRLの歪んだディストーションが頭のなかで鳴り響く。ラスト向けてカウントが始まる。最初から最後まで格闘家たちは誰も彼もが歪みに歪んでいた。彼女たちが秘めている美しい歪みと、彼らが鳴らした素晴らしい歪みが共鳴する。そして物語は少女がにっこり笑っておわった。



 思えばNUMBER GIRLと出会いつづける人生だった。
 彼らは再結成する。ライブのチケットは落選した。仕方ない。彼らは解散してからもずっと活動しつづけてきたから。あまりに待ち望まれていた復活だったから。
 まだライブは始まっていないのにすでにライブに行けないという後悔が始まっている。

 NUMBER GIRLと出会ったときにはすでに解散していた。NUMBER GIRLが再結成したときにはすでに大人気になっていた。
 活動を再開した。拡大解釈した活動ではない。物語のなかでの活動でもない。現在進行形の人生においてライブをするバンドとして活動をはじめた。ライブが見れるかもしれないとにっこり笑う。ライブの抽選に外れてしかめっ面で悲しむ。繰りかえされるだろう。それは承知だが諦めるのはまだはやい。