単行のカナリア

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Syrup16gのレビュー 「愛と理非道」

 
 Syrup16gの曲レビュー「愛と理非道」。Free Throwバージョン。

 詞的かつ私的な言葉遊びのフレーズ、アレンジの妙が光る幻想的なサウンド。感情を奥深くに隠した歌声。メロウな音像が耳に残るひたすらに美しい曲です。

 メロディーを担うアコースティックギターが優しくつま弾かれ、ギターはディレイを強く効かせて輪郭がぼやけているが、一方でリズム隊は音のメリハリを効かせているから全体としてはまとまっている。といったように、わたしがFree Throwバージョンが好きな理由はリズム隊の存在感によって、浮遊感があるのに地に足着いている感覚を兼ね備えているから。delayedバージョンはそれはそれで浮遊感とメロウさがマシマシでいいんですが。

 ただ、

愛と理非道
双方 日常と非日常に依存し
腐敗していく


 といった儚く美しい言葉たちがより存在感があるのがFree Throwバージョンだと感じています。
 
 理非とは、道理にかなっていることと外れていること。理非道とは、道理や非道理を包括する道であり、つまりはよく分かないという。リビドーを文字っていることは分かりますが、それにしたって原義から遠い言葉になっていて造語のインパクトは凄い。

 愛は日常にも非日常にも依存し、道理や非道理にも依存する。愛は掴みどころがない不明確な存在であり、そして依存してしまう腐敗がはじまってしまう。
 などの解釈は意味を読みとったときの話で、「愛と理非道」は言葉のイメージと幻想的なサウンドをそのまま膨らませて堪能するのもありでしょう。タイトルの時点で愛の温かなイメージと理非道の冷たいイメージの対比が面白いし、造語を含めて言葉が生き生きしているので。

 そして、

曖昧な手ぶりで
死んだ振りeveryday
いいなあ そしてこの世は
そっと終わっていく

 このフレーズ、韻を踏みつつ宇切実な思いが込められていて。霧のようなサウンドが一気に憂いを帯びるような感覚があります。ここにきて感情の解像度が急に上がったのもあり、「いいなあ」と「そして」の一言一言が意味を主張していて、一気に引きこまれる感覚もまたあります。
 
 日常/非日常、そして具体/抽象の間をフラフラとして行ったり来たりして想像力を刺激しつづける。ときには幻想的で、ときには退廃的で。骨格となるメロディーラインが洗練されているから、音響に焦点を合わせたアレンジによって心地よさは増すばかり。

 とかの甘くおぼろげな世界観に陶酔していたら、

希望は誰かの手だ
俺は持っていない 

 の名フレーズにやられるっていう。
 希望の在り処を知っているけれど希望を所持していないとのたまう。解像度を下げたり上げたり抽象と具体を行ったり来たりしたあとの、「俺は持ってない」のドストレートの言葉を聞かせる構成にはもう感嘆するしかない。
 「愛と理非道」は相半する事柄を行ったり来たりする、どちらでもありどちらでもない二面性が魅力のひとつだとおもっていて、最後の名フレーズはその二面性の象徴に感じます。

 ただ語順によって意味が変わってくるように、どちらかといえば希望を持っていないことが強調され、その結果物悲しさに着地して曲は閉じます。よく分からないままに楽しめるけれど、よく分からないままに悲しくもなる、とても不思議な曲。


 最後に。
 昔は「持ってないこと」だけに共感して気づかなったけれど、「希望は誰かの手」であるならば「俺の手」だって誰かにとっての希望になるんですよね。まあしかし、自分の手が自分の希望になるわけではなく、それはつまり永遠に所有することができないことでもあり、やはりそれはそれでひとつの絶望なのでしょう。目の先に希望があるからこその、絶望です。