単行のカナリア

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Syrup16gの曲レビュー 「Drawn the light」

 
 Syrup16gの曲レビュー「Drawn the light」。
  
 近年のライブで定番曲になりつつある「Drawn the light」。「死にたくない!!」の絶叫や硬質なギターバッキングがリードする、屈強なバンドアンサンブルは盛りあがらないわけがなく、ライブでたびたび演奏されるのも納得の熱量を秘めている曲。

 遠くから眺めれば、死にたくないともがき暴れてるているのも、好きな曲を聞いてノリにノッているのも動きは同じなようなもの。そんでもって死にたくないともがきながらノることができるのが「Drawn the light」。 

死にたくない 尻を振れ
知りたくない クスリをくれ 

 死なないために尻を振って媚びるし、知らないためにクスリをもらって昏迷していたいし。「死にたくない」と気持ちこそはよくあるものだけれど、そのための方法論が媚びと精神安定剤とややアブノーマルでとにかくその思いは切実です。

 全編通してテンションが高い。冒頭のギターノイズから前のめり気味にスタートし、つんのめるような性急なリズムのまま展開し、ギターソロやリズムパータンで変化を付けながら、終始疾走していく。そこに心の悲鳴のようなファルセットまで重なることで、Syrup16g流のアップテンポナンバー が完成されます。 

Drawn the light
Drawn the red

 直訳だと、光を描いた。赤色を描いた。
 これらの言葉からイメージしたのが、救急車が赤い光を点滅させながら道路を横切っていくシーンでした。間欠的なギターバッキングはサイレンのように聞こえないこともありません。また曲に通底する焦燥感や切迫感は、それこそ119をダイヤルしかねない切迫した状況を想像させます。 

 と「赤い光を描く」から不穏なイメージが真っ先に浮かびます。が、ライブで「Drawn the light」が「ただひたすらにアップテンポナンバーとして盛りあがった」ことが脳に焼き付いているので、今ではライブハウスで赤いスポットライトに照らされて熱唱するシーンもまた思い浮かびます。その二つが両写し。一周回ってハイテンション。

死にたくない 神は
ただ単純だらけの方が
美しいから
「すべては愛」
そりゃまあただ言ってるだけなら同感
そんな訳ないが

 ここらへんの歌詞、大胆かつ痛烈ですごく頼もしい。
 「すべては愛」という妄言に理解を示すフリをしながら「そんな訳ないが」と断定する、死にたくないから尻を振っても綺麗事は認めない。と、融通の利かなさというか、意志の強さを感じます。そういう頑なさが死を招いている一因なんでしょうが、だからといって欺瞞まみれの綺麗事に賛同するわけにはいかないし。

ゼッケンは背中に競馬場
頭のどこかで蠢く
不穏な闘争心
友好も不毛のtalkshow
頭の支柱に掲げた言葉は
Wontbe believe 

 死ぬまでゼッケンを背負って走りつづけなければならない競争社会、その比喩としての競馬場が描かれる。曲全体に通底するスピード感は心地よいものだけど、生き急がなければ終わってしまう危機感が根底にあると考えたとき、どこか物悲しく響きます。そしてまた、協力し合えばいいのだけど近視眼的椅子取りゲームに終始して、闘争心をたぎらせ友好的な会話はできずに不信感を募らせていく、と。まったくもって私の人生でしかありません。


 「Drawn the light」は最後まで弛むことなく緊張感が張り詰めていて、ラスト30秒でいったん曲を閉じるブレイクを挟んで、そこからまた演奏が再開されていくのが聞き応えがあります。聞いていると否が応でも感情を揺さぶられるので体力を奪われる曲。死にたくないから媚びと服薬をもってして生き延びているの、まさに自分のいまの人生で距離が近すぎて聞くのがキツい。消耗してしまうけれど、それだけ感情に訴えかけてきますし、そういうメッセージを無視することでただひたすらにカッコいい曲として聞けます。しかし刺さる。