単行のカナリア

スプラトゥーン3のサーモンラン全ステージ野良カンスト勢です!

救いがない読み切り漫画「鬼」と、不幸な物語にしか共感できない「アスペル・カノジョ」の斎藤さんについて


 小学館新人コミック大賞 佳作の『鬼』が凄まじい「悪意の塊のような作品」
 https://shincomi.shogakukan.co.jp/viewer/84/04/402/

 話題になっていた読み切り漫画の「鬼」を読んで思いだしたのが、「アスペル・カノジョ」で出てきた主人公が描いた漫画。不幸な話と、不幸な話しか共感できない人が出てくるマンガの話を主にします。

 「アスペル・カノジョ」のストーリーは、主人公が描いた漫画に惚れこんだアスペルな読者が家まで押しかけて、紆余曲折あり共に生活するようになって、読者の発達障害精神疾患、過去のトラウマから生じる困難のサーカスを共に生き抜く……といったもの。

 ストーリーのなかで、読者の斎藤さんが主人公の漫画に言及するシーンがあります。

Screenshot_2019-06-15-14-22-31
 このように斎藤さんは、主人公の漫画を「ハッピーエンドはリアルではない、リアルな話を読むと癒される」と褒め、他に好きな漫画がないかと聞かれれば「どいつもこいつも私みたいなのがいない世界を描いているって感じ」と答えます。

 で、冒頭にリンクを張った読み切りの「鬼」を読んだとき、「鬼」のハッピーエンドはなくそのまま不幸になっていくオチがないストーリがまさに主人公が作中でかつて描いた漫画の「内外開拓」みたいだ……と感じました。

 私は「人生が辛いのにわざわざ作品でまで辛いものは読みたくない」との意見に同意できません。理由は、アスペル・カノジョが言う「リアルではない」からではありません。もう一つの「どいつもこいつも私みたいなのがいない世界を描いているって感じ」に似ていて、自分のなかの悪意や憎悪がストーリーの中で居場所を与えられていることに安堵するからです。

 ようは、安心するんですよ。私みたいなやつが出てきて私みたいなやつが苦しんでいるのを見ると。嬉しい感情を共有したいように、日々の雑談では決して語りえない取り扱い危険物みたいな感情だって共有したいわけです。そのときストーリーを通じて誤読して都合がいいとこだけに目を向けて共感するのです。「やっぱ苦しいよなー、胸糞悪いけどこれが現実だよなー」と。
 

 「鬼」は最後にオチがつかず最悪の日常の始まりを告げるストーリーの構成、悪意や暴力に関する細部の表現の緻密さによって「悪意の塊」と称されています。教訓はなく、公正世界仮説はとっくに否定されて、善意を施したからといって善意が答えてくれるわけでもありません。さらに悪意と呼べるほどのドラマ性すらも用意されずに、良いことをしてみたらよくないことになった、と当たり前の顔して苦痛が加速していくストーリーが展開されます。


 だからこそ、「鬼」はいい読み切りなのでしょう。
 アスペル・カノジョの斎藤さんが「そういう漫画にしか共感できない」と言ったように、悪意をばら撒きたいのか悲鳴を上げているのかは定かではないストーリーでさえも、ラブストーリーに共感するように家庭内暴力といじめに共感して「いい」と評価する人もいるのです。

 つまりは、「鬼」はいい読み切りだったし、そこに迸っている感情の質量のデカさは方向性に関係なくいいものだったと。そしてそういう作品こそを求めている人だっていて、わたしはこれが新人賞で17歳が描いたと知って世にまた面白い漫画が増えていくんだろうなと嬉しく思ったわけです。

 とか書いていますが、当のわたしはプリティーリズム・レインボーライブとKING OF PRISMが最近のお気に入りで、まったく共感はできないけれどアイドルがきらめくストーリーに感動していました。わたしは別に共感のものさしだけで評価するわけではないので、アスペル・カノジョの斎藤さんとは違います。でも色々な読み方があってもいいよなーと思います。表現の自由よりも読み方の自由のほうが強いですから。ただし、その読み方を他人に押しつけなければの大前提ですけどね。

 この手のマンガといえば、ガロに掲載されていた漫画、そして「空は灰色だから」という名作があります。このマンガもまた勧善懲悪と公平世界仮説の真逆の、露悪的かつリアルなストーリーが光っているのがおすすめです。小説では平山夢明がいやらしいほどに露悪的な物語と人間の雑さは定評があり、なかでも「他人事」や「ミサイルマン」は人間の多様性(マイナス方向の)!って気持ちになれるのでがオススメ。

 
 また記事で引用したアスペル・カノジョは「自閉スペクトラム症かつ強迫性障害かつパニック障害かつ自傷癖」がある斎藤さんを生かすために主人公が考えつづけて動きつづける、慈愛に溢れたストーリーでオススメ。ストーリー全編に「救いたい」の感情で溢れていて苦しく温かい物語です。

 最後に「鬼」に似ているといった「内外開拓」(漫画内漫画)を貼って終わります。
Screenshot_2019-06-15-14-25-35

 作品、共感も想像力も人生経験も愛も嗜虐性も使えるもの全部使って楽しめるといいよねって話でした。