単行のカナリア

スプラトゥーン3のサーモンラン全ステージ野良カンスト勢です!

音楽のごとき調和が強制化されたディストピア社会を描く『CODA』の面白さ

 最近はずっと、隷蔵庫先生のフリーADVをプレイしていた。

 これまでは商業ノベルゲームしかやってなかったたけど、たまにはフリーゲームもやってみるかと思って、前にautomationのサイトでみかけてブックマークにいれていた『CODA』をやってみた。で、これがめっぽうにおもしろく火がつき、同作者の『MIND CIRSUS』『真昼の暗黒』もつづけてプレイした。この間、一週間とちょっとで、時間を見つけてはずっとやってた。

 『CODA』は ディストピアの金字塔『1984』を訓誡ではなく参考書として取りいれたような2XXX年のディストピア社会といった設定が、まず興味を惹かれた。作中では、未来から過去へのメッセージの体でこの世界の様相がすこしずつ明かされていくわけだが、青く清らかなイラスト(アニメーション)や巧みな心情描写と相まって『CODA』という世界がまざまざと立ちあがってくる。

 この作品を一言でいえば、近未来「では二人組を作って社会の歯車になりましょう」系百合ディストピア

automaton-media.com

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目つきが鋭い女の子の描き方がかわいいと評判

 ここからは、俺が読みすすめて知るのが楽しくてしょうがなかった、『CODA』の世界観の良いとこ探しにお付きあいください。

 舞台となる2XXX年の世界は、信用スコア、検索に取ってかわったレコメンド社会、VR没入型ゲーム、信用スコアなどの現在社会と地つづきの設定を散りばめながら、一方で『CODA』特有の、ガラス張りのドーム型都市、視覚情報の記録化・公共化、教育課程においてパートナーとの二人三脚の体制を強いられるデュオシステムなどから成り立っている。『1984』の世界観を下敷きにしているっぽいと主人公に指摘されているように、2XXX年では平和のために歴史修正法が成立されている。あの本を参考にして社会設計された、というのがまずぶっ飛んでいる。

 

 都市はガラス張りの階層構造で、「鋼鉄都市」のようにコロニー型社会。

 「汚いものには蓋をせよ」と我々のことわざにはあるが、『CODA』の時代においては監視カメラ、脳にインプラントされたオーアーブルムによる視覚・聴覚情報の公的化によって、見苦しさは修正されつづけるから、生活のほとんどがガラス張りで展示されてしまうのだ。さらにはモノを購入するときは生体情報に紐づけられるチケットによって支払いをせざえるえないという。

 この世界ではプライバシーの領域はかぎりなく狭められている。要は、息苦しい。その社会状況と、そこで適応しきれない主人公の心情が丁寧に描写されていくので、あたかもキャラクターの心がガラリ張りのようで見通すことができる。隷蔵庫先生は、過去作においては、日常の落ち込むから非日常のゴアに至るまでなめらかな筆致で綴られ、なかでもネガティブな内面描写の「どうしてこうなっちゃうんだろうね」「どうしようもないよね」感がすばらしい。それらが『CODA』でもいかんなく発揮されている。

 

 『CODA』の設定が明かされていくにつれ思いだしたのが、ウォルター・J・オングの『声の文化と文字の文化』の本で書かれていた、「 『声』」は人を繋ぎ、『文字』は人を孤独にする」だ。視覚情報はもはや個人のものではなく公共のもので、「一人で部屋に閉じこもって本を読む」ような娯楽は許可されていない。由緒正しきディストピア。相互監視社会、強制されるデュオシステムなどからして、孤独はきびしく否定されつづける。syrup16gの「COPY」の歌詞にある「一人ぼっちはいいは犯罪者」を地でいっている。そのような社会では、人間は機能を要求され、歯車になれない不揃いのパーツは必要とされない。

 そして、主人公のコーダは、まさしく俺みたいに一人で本を読むのが好きなやつなのだ。しかし彼女はけっして一人ではない。そもそもが「それでは2人組を作りましょう」の最終形態のデュオシステムがあるから、出会いがあるわけですよ。 

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 で、世界観についてもっとも心が温まったのが、全体主義の思想を植えつける初等教育において、音楽の理念を活用していること。そのときピタゴラス教団の偉業を引用していること。

 本文から引用すると、

 「あなたたちは社会という名の音楽を奏でる楽団の一員です

 「皆さんご存じの通り、私達の生活は数学の厳密な構築から成り立っています

 「我々の目指すところは音楽のように華麗な調和。途切れることのない永遠の調和です

 というのが、初等教育で習う内容らしい。コーダが言ってた。

 社会全体をひとつの交響曲と見立てて、永遠に途切れることのない旋律を奏でることを目的とする社会。そして、その音楽というのは、ピタゴラス教団が発見した偉業の音律と数学の関係のように、幾何学的かつ規則的であることをよしとする。

 しかし、ピタゴラス教団といえば、無理数を発見した生徒を処刑した逸話がある。

 『CODA』の社会システムが『1984』の社会体制を適宜に借用しているように、同じくピタゴラス教団を調和の象徴とし適宜に借用している。この世界では歴史修正法があるので、ピタゴラス教団の負の部分はけっして明かされない。そしてピタゴラス教団の処刑とこれまた同じく、『CODA』の社会ではノイズは修正(ときには処刑)されてしまうのだ。このことは、名作『フェルマーの最終定理』を読んだらこの事実を知ってしまうから、やはりこの世界では本を読むことは悪なのだろう。

 

 まあしかし、どこにでも適応できない/適応したくない人間はいるわけで、この世界ではアンダーグラウンド的なコンテンツが蔓延っているのもまた興味深い。すべてを検閲できるわけがないからほつれ目がある。そのほつれ目が後半の山場になってくるが、そこらへんは割愛。ネタバレはなしなので。f:id:dnimmind:20191120130824p:plain

 

 世界観の説明はここらへんにして、本作を語る際によくでてくる百合について。

 今作の主人公のコーダはまさに『CODA』の世界においては不協和音に他ならない。普通になれない人種、噛み合わない歯車に分類されるとうのコーダが物語の起点になる。

 コーダが親密な関係を結ぶキャラクターが、似た者同士ゆえに監視カメラの死角になる席を選んで知りあったレガードと、デュオシステムのエラーによって出会うことになった正反対の存在のリフの二人。と凝った設定。ギャルゲーならレガードとリフのどちらのルートに行くか迷うところだが、この作品はギャルゲーはなくその葛藤はこちら側にはない。あったら死ぬほど迷う。

 百合といえど、『CODA』の時代では出産がオートメーション化されていて性機能は娯楽に属するものであり、いわば『VA-11 Hall-A』のように同性愛が日常の風景化しているので(と思ったが異性愛は奨励されているから、どちらかといえば反社会的なのか? よく分からない)、むしろ注目すべきなのは特殊な社会情勢ならではの関係性だろう。

 それらの関係性が、さきほども説明した近未来ディストピアならではの環境によって翻弄されていくさまは、一筋縄ではいかずにスリルに満ちあふれている。「SF百合ノベルゲーム」のキャッチコピーに偽りなく、Can't Stop Fallin' in Loveなのだ。

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レガード

 さて、『CODA』はノベルゲームであり、イラストがある。ビジュアルデザインからすでに隷蔵庫先生の手がけるキャラクターはみなかわいい(特にしかめっ面のとき)のだが、今作ではアニメーションを多用しており、よりいっそうキャラクターたちが生き生きとしている。生きづらい平和な世界で。青色を基調としたイラスト・背景画像が多いのも特徴であり、近未来社会の息がつまりそうなデプレッションの世界観を反映しているのもまた物語を引きたたせている。つまりは『CODA』は総合エンターテイメントして、素晴らしいひとつの世界を生みだしたというわけ。

  

 プレイ時間は7時間ほどでした。1話20分ほどの短編をパスワードを入力して公式サイトから都度ダウンロードする仕組み。サイトでは、資料も閲覧することができ、未来から現在にデータが送られている設定を活かしている。インタラクティブと呼ぶらしい。が、サイトに正解のパスワードをいれてクリックしても反映されないことが多々あり、スマートフォンで入力してPCにリンクを転送するというやり方でなんとかした。謎解きが苦手なので分からないパスワードはツイッター検索で探し当てた。たすかった。最後のドキュメントのパスワードは自力で解ける気がしなかった……。この経験もまたインタラクティブってやつなのでしょう。

 

 キャラクターの名前、コーダ、リフ、レガード、プラチトなどは音楽用語から引用されていて、作品をダウンロードするパスワードも音楽に関係する用語を使っている。もう語った世界観の設定からして凝っているのだけど、なんというか、『CODA』は精緻な一つの世界をノベルゲームという手段で作りあげようとしているようで、その試みは結実してすばらしい没入感をもたらしてくれた。

 

 とまあいろいろ書いてきたように、やはり俺は『CODA』の世界に引きこまれていったのだった。なんというか、人間臭いのだ。広告がたえず生活に溶けこんでいたり、処刑される人々を「享受者」と呼び見世物化されていたり。どうにもこうにも人間臭いのだ。そうでない社会であるはずなのにね。そのうえでより人間味溢れたCODAと、レコードやリフたちの人間関係が、アニメーションありのキレイな青みがかったイラストで描かれているから、まあ俺が好きにならないわけがないのだった。そしてリフがかわいい。矜持があり、弱さもあり、しかし意志を持ちつづける強さが眩しくかわいかった。 牧瀬紅莉栖や常守朱に類する魅力的なキャラクターだった。

 『CODA』ほんとおすすめ。近未来ディストピアという美しく脆いメロディーのなかで最高のリフが奏でられているから。

 

summertimeinblue.net

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史上最高のリフ・スクショ1選