単行のカナリア

スプラトゥーン3のサーモンラン全ステージ野良カンスト勢です!

思わず親戚の顔になる 相田裕の『1518! イチゴーイチハチ!』を読み返す

 

 あまりに外が暑くて出かける予定を取り消し、GUNSLINGER GIRLで有名な相田裕の『1518! イチゴーイチハチ!』を読み返していた。ざっくりいえば、真面目に生徒会活動をやっている高校生たちの青春群像劇。暴力もお色気シーンも一切でてこないタイプの清く青いジョブナイルもの。健全で善人しかいない。ストーリーは、怪我で甲子園の夢を諦めてしまわないといけなくなった公志朗が、生徒会活動を通じて新しい居場所を見つける。その中で季節のイベントや、このマンガならではの本格的な生徒会活動や出会いや別れがあって、一つだけ年を重ねる。簡単にいえば地味。良くいえば堅実な物語。

 このマンガは、なぜだか、元野球少年である公志朗の親戚の立場になって読んでしまう。気がつくと、登場キャラクターの身内になって見守っている気分になる。俺はそういう読み方はあまりしないのだが、このマンガだけは何度読みかえしてもそうなってしまう。

 うっすらと漫画の構成がその理由だろうとは分かる。ケガで野球を諦めて諦めずにしんどい思いをしている公志朗を皆が見守る、というのが序盤の展開の山場になる。「あいつをなんとかしてやろう」と皆が一致団結する。その雰囲気は、そのまま作品全体に通底しているもので、作中で公志朗以外のキャラクターが見守るだけでなく、俺(読者)もまた遠くから見守っている気分にさせられる。その気分をより強調させるのが、登場キャラクターが泣くシーンのほとんどが公志朗の前向きな変化を目にしたことがキッカケになるという、いわばドラマチックなシーンが公志朗の成長過程に集約されていることだろう。少なくとも五巻まではそういう感じ。そのせいで、野球の話がでてくると、俺は「おい、公志朗の前だぞ! あまり辛い思いをさせるようなことをするな!」とか思ってしまう。

 一巻の終わりがこういう風になっているし。

 感想は「よかった…本当によかった」というもので、これはべつに面白いという感想ではなさそうだ。素晴らしくはある。読み返しても、終盤のラブコメディと生徒会長選挙編以外はそう面白いとは感じなかった。でも、身内が人の成長を見守るのって面白いとか面白くないとかではないから、こういう感想になってしまっても別におかしくないとすら思ってしまう。

 終盤はめちゃくちゃ面白い。成長した(心の安寧を取りもどし前向きになった)公志朗が物語を引っ張っていくし、恋愛感情に気づいてからの展開の滑らかさは微笑ましかった。最終巻では、公志朗だけでなく、それに合わせてヒロインの丸山幸も成長を見せつけ、愛する者同士で決着を付けるという熱い展開になる。温かい物語だけれど、別に温いわけでもないのだ。

 「地味」をリアリティある描写、「あまり面白くない」を派手なドラマは起こらないが堅実なストーリー展開、と言い換えることはできる。そうだとも思う。ただ全体としては、俺はそれとは異なる評価軸で、この作品を「良い」「素晴らしい」「青春物語の傑作の一つ」と判断しているのだ。実際に取材を重ねたという組織図まで用意されて詳細に描写される生徒会活動は確かにリアリティがある。序盤では、リアリティを積みあげるより物語をもっと動かしてくれと思ってしまう。

 まあ、終盤ではその蓄積のおかげで、めっちゃ面白いから必要な描写だったのは違いない。全巻まで読んでほしい作品だけど、正直なところ一巻や二巻あたりで挫折してもおかしくない。堅実さが退屈さとなればそうなってしても。

 と思ったけど、真面目にやっている生徒会活動は面白い。ひとつひとつの活動を着実にこなしていく、任された仕事をちゃんと完了する、そういう喜びや充実感を丁寧すぎるくらい描写している。その活動の中でゆっくりと、当の公志朗がやりがいを感じ新たな目標を見つけるわけだし。生徒総会について丹寧に掘り下げて物語に落としこんでいるような漫画はそうそうないだろう。「アイス大作戦」とか、みんなが幸せになるためのすばらしい取り組みだった。それを実現するために自分たちで試行錯誤した過程も含めて。

 

 全体的な感想をいえば、こういうふわふわしたものになるが、もう何度も読み返しているだから、俺がかなり好きな作品だというのは間違いない。青春群像劇ではあるが、「まずはじめに片思いがあった」というような恋愛ありきのストーリーではなく、メインが生徒会活動のなかで公志朗の回復を見守るという、作品全体に流れる温かさが好きなのかもしれない。あと丸山幸に恋のライバルらしきキャラが登場するが、別にそうではなく、二人が結ばれてからそのキャラが公志朗のことを好きになるという、もどかしさというかドラマのなさというか。序盤で、丸山幸が公志朗のことを「がっかりしたけど一緒に歩きたいのは今の彼」と発言して、数か月後には「やっぱりかっこいい」と心変わりするあたり、このマンガの絶妙な良さが詰まっていると思う。  

 ちなみに、作中でもっとも好きなのが公志朗の父親が感極まるシーン。

 彼がこのときどのような表情をしているかは分からない。ただ安堵や喜びで泣いているのだろうとは察することができる。そういえば、この作品でキャラクターが泣くときは、悲しくて泣いていることは少なく、そのほとんどが嬉しかったり安心したりして泣いているシーンばっかだった。それこそ『1518! イチゴーイチハチ!』がどういう漫画かを物語っているとふと思った。