単行のカナリア

スプラトゥーン3のサーモンラン全ステージ野良カンスト勢です!

Syrup16g『Les Misé blue』 全曲感想

 Syrup16g『Les Misé blue』全曲感想。

 結局、俺は「いい」を色んな言葉で言い換えているだけ。「いい」を余計なもので彩っているだけ。俺はたったいま酒乱で頭の中は治安が悪い地域の排水溝みたいになっていてそこに見つけた言葉をせっせと拾い集めてパッチワークしているだけ。

 俺は俺にふさわしくそれらしい未来でも、「ちゃんとやんなきゃ素敵に未来なんて初めからねぇだろ」的な未来でも、最後までSyrup16gを聞いているのだろう。そう『Les Misé blue』を聞いて確信に至った。

1.I Will Come (before new dawn)

 マジですき。五年振りのニューアルバムという俺の身勝手な期待のハードルを軽々と超えてきた。シューゲイザー的なリバーブを活かした音作りで、突きぬけそうで突き抜けずに、倦怠かつ重々しい足取りで進んでいくような曲。音がいい。いい音で埋め尽くされている。

 ギターがいい。重厚で感傷的なギターサウンドにさらにギターリフが加味されてとんでもないことになっている。じわじわと熱を帯びていって分厚いシューゲイズ的ギターサウンドにボーカルが跳ね返るサビを経てそして「走れ」で終わる。ピックスクラッチの不穏な調べもある。ミドルテンポだからといって遅い曲ではないし、重いといっても暗い曲というわけでもない。「昨日今日じゃない The end」「ふさわしい未来が待ってそう」あたりは「Life goes on」のSyrup16g風表現のような気がする。

 「走れ」で終わるのがいい。マラソン大嫌いな五十嵐隆が「走れ」って歌うのがいい。周回の遅れの人生、はじめからなかった素敵な未来、でも、ふさわしくそれらしい未来。今さら「走れ」なんだよな。ここにきて「走れ」ってのがいい。

 「素敵な未来なんてものは初めからねぇだろ」から「それらしい(ふさわしい)未来になってそう」と移り変わってゆく。

 怖い。めちゃくちゃ怖い歌詞だと思う。だって「それらしい」「ふさわしい」未来は、身分相応な等身大の未来というわけで、そんなの恐怖でしかない。

 だからこそ「走れ」なのだろう。昨日今日で「The end」がやってこないのだから、それらしい未来に追いつかれてしまうから、「呼吸より早足で/燃やし尽くして/走れ」なのだろう。息切れし、燃料が枯渇していても。それでも走れなのだ。 

2.明かりを灯せ

 シンプルにコードトーンを響かせていて、メロディーに秘められたアンバランスさが際立っている。俺はまったく音楽知識がないので適当に書いているが、サビのコード進行が引っかかるので変なことをやっていそう。どうやら半音を上げているっぽい。

 五十嵐隆の美学(と思っている)「付け足さないでそのままで」的なメッセージをひしひしと感じる曲。

 同時にハミングパートの歌声は儚い余韻を残していく。「走れ」から一転して過去にベクトルが向けられる。美化せずに感傷を添えずにそのまま見据えろ、というのは過去曲にもあるが、それをより幻想的かつ耽美的に表現している気がする。

 しかし、Syrup16gは付け足される。鬱ロックだとか後藤ひとりが聞いていそうな曲だとか付け足されてしまう。かくいう俺もいろんなレッテルやスティグマを付け足しているに違いない。

 明かりを灯すことは難しい。難しいからこそ歌になる。

3.Everything With You

 けっこう好き。そのメロディーにその歌詞を載せるのかと、ちぐはぐのようでそうでしかない説得力がある曲なのでは。

 「あとの祭りでヤバって叫ぶ」なんかいいな、「Everythig with you」一人でも一人じゃないものな、からの「愛を失くして行き着いた首吊り台の下」で戸惑ってしまう。しかもそれがとびっきり明るいメロディーラインの中で歌われる。ハイフレットで奏でられるコード感があるベースラインが心地いい。サビ前のキメの部分とか完全になにかをやっている。

 どうやら「不労所得は夢」で全人類が共感しているらしい。「成長できない大人は惨めだ」で俺が共感している。

 『電気サーカス』という小説で、主人公が首吊りするためにカーテンレールに紐をかけてカラーボックスの台に乗って吊るが、結局はただ部屋が散らかっただけという描写がある。首吊り台の下は、未遂と既遂を問わずに散らかるし汚れる。

 今作はセルフオマージュ的な要素もある。だからこそ書くが『Everything With You』と『Everything is wonderful』を組み合わせると最強のカードが手に入る。


4.Don't Think Twice (It's not over)

 ほんと好き。曲の良さというのは、どうしたって歌詞にもメロディーにも還元できないことを思い知らされる。『Anything for today』を彷彿とさせるギターリフで、一行目が「笑えない人の彼岸に到達した」だから凄みがある。

 「家族の写真が思えばほとんどなかった」「自由の先に発狂している」「独身で」「孤独死で」という物騒な言葉が次から次へと出てくる。ついでに切ないハミングも飛びだしてくる。

 掴みどころがない。突きぬけた派手さはないがどこか突き抜けている。

 「未来永劫 天涯孤独な 予定はない」のでそれはそれでOKなのだろう。

05. Alone In Lonely

 柔らかいギターとベースの絡み合いが鮮やかなイントロ、ボノサヴァ的ギターソロとくれば、おしゃれな喫茶店でかかってもなんらおかしくない。しかし『Alone In Lonely』というタイトルで、さらに「話しかけないで」なのでおしゃれな喫茶店にはふさわしくない。

 選んだ孤立と選ばされた孤立、aloneとlonelyの違い。『Les Misé blue』 では「alone」だけど「lonely」ではないって歌っているのに『 Alone In Lonely』。

 宇宙服を着ている。

06. 診断書

 相当好き。

 「診断書」というタイトルで「死んだっしょ」という歌詞で、その言葉の強さとは裏腹にメロディー(主にギター)が人懐っこい。言葉が強すぎるせいで、ファルセットにギターをユニゾンさせるというベタな手法が効いている。あと裏でベースが細かく動いている。

 息遣いに驚く。それにしてもサビでギターとユニゾンさせながら歌っているのが「診断書 待ってる」「死んだっしょ 埋まってる」という過去最高の言葉遊びだからいい。精神障害者手帳の診断書はICD-11の診断ガイドライン準拠であり、病名(事例)の記述欄は二個しかはない。

 言葉だけなら本当にただの言葉遊びなのに、ギターと一緒に歌ってしまえばキラーフレーズになりうる。言葉が歌詞であることの凄みが詰まっている。

07. Dinosaur

 シューゲイズ的なアプローチが多い今作で、真っ当なバンドアンサンブルをやっている。大好き。躍動している。Syrup16gは化石じゃない。「Dinosaur」なのだ。

 ということを、小気味いいバンドアンサンブルが特徴的な曲で演っているのがいい。いいよね。サビ入り前のハイフレットで弾かれるポーンっていうベースがいい。効いている。

 ハイハット、タム、スネアを忙しないドラムを聞いていると、ライブで中畑大樹がうつむきながら手を振り回している姿が思い浮かんでくる。

 今作は音がいいと評価が高いが、Dinosaurの高音域の抜けの良さで感じた。つーか、聞けば聞くほどアレンジに凝っているなと気づく。俺でさえ気づく。その上で音の引き算をやっているし、Syrup16gのバンドとしての魅力が溢れかえっている。

 「初めは怖がってても 見間違い収まってくよ」「あまつさえ群れを出たら 二秒と持たない生き物」ってとこがかわいい。「沈むよ嵐の船」はまだ沈まなかったし、恐竜みたいな顔をして五年振りのニューアルバムをリリースした。

08. モンタージュ

 繊細なタッチのミドルテンポの美メロがあり、最後は「歪む空 消えない」で終わる。そのせいで走馬燈モンタージュっぽく聞こえてしまう。

 あえて確かめないでうまくいくコミュニケーションがある。答え合わせをしないことでかろうじて生き延びている思い出がある。宙吊りにする。この宇宙で。

 『君待ち』では「そして歪む空」で、『モンタージュ』では「歪む空 消えない」となっている。引きずっている。モンタージュに編集機能はない。

09. うつして

 みんな好き。そりゃそう。なにせギターソロで泣かされる。ギターだけで泣ける。なのにそれだけではない。時代をやっている。

 移せることもあり、移せないものもある。痛みは移すことができない。不特定多数に移せるわけもなく、目の前にお互いしかいなくても移せはしない。粘膜や空気/飛沫やミラーニューロンを媒体にしたところで移せないものがある。

 痛みは写されない。痛さや怖さは目に見えないし、伝わらない。「宇宙服を着てい」るように壁があって届かない。気持ちを写すことはできない。そのせいで目に見えないだけなのに「ない」と受け止めらてしまう。痛みという個人的な神経系の出力はなおさらそうで、抽象的な痛みになってくると写すことは永遠に叶わない。

 コロナ禍で移し移されることに臆病になってしまっている時世のせいで「うつして」というタイトルが時代を映している。

 「うつして」をひらがな表記に留め、言葉遊びの文脈に置かれ、そのせいで一義的な理解が拒まれている。「うつして」の四文字に多様な意味を読み取ってしまう。

 めちゃくちゃ人気の曲で、イントロのアコースティックギターの奏でる音色の時点でもうめちゃくちゃいい。

 「うつして」に感染、表現の二重の意味を読み取ることができる。コロナ禍を反映した情念どうこうの曲。

 あと他者がいない。括弧で括られるような不特定多数の他者を介在させていない。「誰かなんていないのに」になっている。特定の、特別の「お互いしかいないのに」。 

 宇宙服を着いていたら移されることはない。が。その鏡面に写すことはできる。そこに時代と感情が反映している。それで「うつして」というタイトルなのでもうどうしようもない。

10. In My Hurts Again

 せんべえ。『HELL-SEE』にありそうな重々しいギターサウンドから始まるがせんべえの曲なのだ。

 『Les Misé blue』は宇宙服を着ているジャケットデザインからはじまり、歌詞でも宇宙、または宇宙に関係するフレーズが随所に登場する。特に今作では、宇宙の広さが人間と人間の距離の遠さとなぞらえられている。気がする。そこで出てくる「何処に居ても宇宙服を着ている」という歌詞は、自分という殻に閉じ込められている人が原理的に孤独になってしまうこと、しかしそのうえで交信ができて孤独にはなりえないとまでなる。

 せんべえの曲。やや不穏なギターサウンドから、優しくなりつづけていって、「来世にはお煎餅屋になりたくて」で笑顔になれる。お蕎麦屋さんとお煎餅屋をハシゴする。

 俺は「大至急迷子を救って偶ぐる/紋白蝶に誘われてパラレル」のとこが好き。物語がはじまりそうなイメージがある。鮮明に浮かび上がってくる。


11. In The Air, In The Error

 叫んでいる。全体的にミドルテンポでダウナーな曲が多いなか、声を張りあげて歌われる陽性な曲。チョーキングを織り交ざたギターリフが印象的。静と動のコントラストを効かして最後のノイズフィードバックまでヒリついたテンションは途切れない。かっこいい。

 「最小単位の君が変われば」「最大規模のセンセーション」は自分が変われば世界が変わるというような自己啓発的詐術ではなくて、偶発的で衝撃的な事柄は他者によって手渡されるという五十嵐隆の哲学を感じる。「希望は誰かの手だ 俺は持っていない」のように。

 かりに自分を見限ったところでまだ他人がいる。他人を諦めることはできない。他人は一という最小単位ですら途方もない影響力を与える。俺にとってSyrup16gがそうであるように。

 あとコロナ禍を反映してそう。世代的な様相を呈していそう。『遺伝子―親密なる人類史』という本から引用。

染色体が一本まるごと多いという、ヒトの細胞で起こりうる最も重大な遺伝子異常ですら、障害の唯一の決定因子とはならないのだ。そうした異常もまた、他の遺伝子と関連しあっているうえに、環境の影響によって変化したり、ゲノム全体による修正を受けたりしている

 とはいえ、量子の振るまいが古典的物理学に適用できないように、DNA/RNAの仕組みを人間関係に適用することはできない。「最小単位の君が変われば最大規模のセンセーション」に捻りはあまりなさそう。


12. Maybe Understood

 サビの「夢中で巻き直すのがミッション」の歌い方が好き。「走馬灯には編集機能無いらしい」の歌い方も好き。煌びやかなギターリフも印象的だが、メロディーへの言葉の載せ方がなによりいい。

 サビのあとのメロディーを聞いていたら、空に向けて鳩を飛ばして見守っていく、そんなイメージが沸きあがった。開放的になり、視線がグッと上に向けられるような感覚に陥った。

 これもまた過去についての言葉が綴られているが、そこに「後悔」の二文字は浮かんでこない。ただそうであった、そうのようでしかなかったと粛々と受け止めている。

 「おんなじ事は二度と起こらない」というのは、毎日毎日似たようで変わり映えのない暮らしでのなかも、または身につけた習慣の奴隷のような生活のなかでも、そうではないことがあると気づきを得ることに他ならない。事実の話ではい。そのような態度を選ぶという話。

 「おんなじ事は二度と起こらない」は痛みでもあり、同時に救いでもある。「喜びも 苦しみ尽くしたその先にあるって 確かに」という文脈では救いのほうへ傾く。

 「救済は無理か 音楽ですら/ロックンロールの成分は自己愛かい」、俺にとっては救済だし、自己愛でいい。いつだってSyrup16gは偏ったパブリックイメージを押し付けられ(俺も押し付けている)そのたびにするりと逃げだしていく。

 「鬱になったって闇堕ちだってお腹は空くよ」はそう。抗うつ剤を摂取してその副作用で性欲がなくなってもお腹は空く。「食欲あるくせに食べるのが好きじゃないなんて矛盾している」かもしれないがお腹は空く! 


13. 深緑の Morning glow

  好き好き大好き超愛してる。それぞれ生まれが違うメロディーを強引に繋ぎ合わせたような構成になっていて、歌詞・展開ともに意表をつかれ、その挙句に「朝まで歌う うた」という俺がずっと聞きたかった言葉が出てくるので大好き。

 しかし、ヘンテコな曲だな。起伏に富みすぎている。「酒乱でただのドキュン層」、あとサビの「二人乗りのMidnight angel」とかはっきりいってダサい。ダサいのに聞き終えたあとに優しい気持ちでいっぱいになる。

 俺は『Les Misé blue』 で一番好きなのが『深緑の Morning glow』で、俺が一番いいと感じたのが『うつして』。

  

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14. Les Misé blue

 Syrup16gのアルバムの最後はいつだって優しくてこの曲もそう。

 『Les Misé blue』は「Les Misérables」ではないのだが、「Les Misérables」ならば「咲かない花」に掛かっている。花屋の店先に並べられることがない花。夜が明けずに雨が止まずについには咲かなかった花。その「咲かない花にも祈りはある」という。

 連帯を要請する一方で隔離も要請している時代で咲いた花、曲。コロナ禍を反映したあれやそれ。

 きっと祈りなのだろう。訴えかけるように繰り返される『Les Misé blue』は祈りに聞こえる。

 「ミゼラぶっている」という表現があって(あるブログとそれをパクった俺のブログでしか見たことがないが)その意味は「悲惨」というもの。しかし『Les Misé blue』は「Les Misérables 」ではない。『Les Misé blue』という言葉に込めた思いはうすらぼんやりしか分からない。それくらいは伝わってくる。

 それにしても「友達みたいな言葉をあげるよ」はサービスしすぎではないでしょうか。

 『Les Misé blue』はサウンド、アレンジともに凝っていて色彩豊なので、最後の曲で素朴なアコースティックギターが流れてくると響く。涙腺がほどける。

 Takashi Igarashi Played PIano!!!  Syrup us now!!!!