単行のカナリア

感じて想する

西京BOYさん、ブログ10周年おめでとうございますの謝辞

 
 西京boyさん、10周年おめでとうございます。 10年間もの期間、ずっとブログを継続しているということは凄いし素晴らしいことです。特にその活動が、好きなものを好きと表明しつづける活動に至ってはなおさらのこと。

 私は西京boyさんが書きつづけてきた文章から多くのことを受け取りました。気になってはいたけど聞くことがなかったいいバンドを知ることができましたし、自分のアンテナでは一生探せないようないい漫画との出会いもありました。ただ、私にとってもっとも影響があったのは、それは西京boyさんがずっと貫いてきた「好きなものを好き」と表明する姿勢です。

 自分には好きなものがある。 それを自分がどのように好きなのか、どうして好きなのか。西京boyさんの、作品に対して自分という立場から誠実に語る姿勢は、当時の私にはちょっとした衝撃的なものでした。私は言葉にできない感情はそのままで放置していましたが、好きであることを追求する文章を読めば読むほど、言葉にできない感情を言葉にしようと試みることはいいものかもしれないと思うようになり、私もそうするようになりました。

 このブログはその副産物でしかありません。日常においても言語化することによって、よりその作品を自分のなかで豊なものにできたと感じています。その過程で、自分が好きなものに対しての気持ちは確固たるものになり、心にない罵倒などを目にしても揺らぐことはありません。なぜなら、私はそのものが好きで、そのものを好きなことに対して考え抜いているからと。


 これを痛感したのが、最近あるいなくなってしまった方のブログで、好きだったものが他人に批判されて好きなものを楽しめくなったって言葉を読んだとき。難しい話で。インターネットは、自分が観測している世界での発言がそのまま総意とか勘ちがいしやすく、そこで皆が口をそろえて否定していたらそれが正しいんじゃないかって思ってしまっても無理もありません。


 どっかの詩人が自分の感受性くらい自分で守れよって言ったけど、「じゃあどうやって自分の感受性とやらを守ればいいんだよ」 って話で。私が思うのは「好きなもの対して徹底的に向きあうこと」じゃないかなーというわけです。つまりは西京boyさんが書いてきた言葉、貫きとおしてきた意志が答えですね。好きなものがあって、どのようなところで好きで、どれだけ好きか。その言語化する作業が、あやふやな感情に輪郭を与えて、明確になっていく。そうした作業のなかで紡がれた言葉が、そのまま外野からの罵倒や中傷の防波堤になるんじゃないかなーと。


 要は、自分がそれを好きってことに自信を持て。ってことです。
 みんながそれをつまらないと言ったとしても、「それでもおれは好きだけどね。あんたがどれだけ嫌いでも興味なくてもおれには関係ないよ」ってくらい余裕を持つことができたならば、誹謗中傷の荒波のなかでもなんとか難破することはないでしょう。

 
 いや、ほんとね、この自分が好きなものを自分で守るのは難しいことですよ。それになんてたって、人生のなかで好きになるものってそんなに多くないじゃないですか。数としては多いかもしれないけど、出会ってきた作品の総数に比べてはおそらく多くないでしょう。脳に魔法をかける酒や薬ですら作品への惚れ薬にはなりえないし。だから、せめて自分がいいと思ったものは大事にしていきたい。私はどうせ死ぬから楽しいことを一つでも多くしようとかは思わないんですけど、どうせ死ぬなら楽しいと思ったことはそのままで楽しいままにしておきたいと思っています。つーか、わざわざ否定することないし、否定されるような機会を誰かに与えてあげたくないってのが正しいかもしれません。


 西京boyさんはそれを少なくとも10年間貫いたわけで、それはすばらしい活動だったと私は尊敬しています。詳しいことは書きませんが、まさしく外野からの野次が飛びかったときも見ていましたが(今で例えるならば、この作品が好きだってツイートにクソリプがめっちゃくる感じ)、それでも好きなものは好きだっていう姿勢を貫きとおしていました。それが本当にすごい。これはもう器用とか不器用とかの技量の問題ではなく、そうするという意志と覚悟の領域の話ではないでしょうか。

 私もその姿勢を真似したいと思って、そうやってきました。私は普通の人が出来ることすら出来ないタイプの人間で、どこにいっても無能の烙印を押されるのですが、だからといって私が好きなものがそんなダメな私が好きだから劣っているとは思いません。それとは別。私がいかなる人間であるとしても、私が好きになった作品については好きだと言えます。そこに関しては他者を必要としないし、介在させることない、という強い自信をもって好きであることを貫くことができます。とういうか、そうしてやるって意志。

 この意志、姿勢こそが私が西京boyさんから受け取ったもので、何より大事なものです。ブログを書かなくなったのも、もう私は自分が好きなものを守ることができるっていう自信を得たってのも大きいです。感謝です。現実はアレだし、自分もアレだから、まあ音楽、アニメ、漫画、映画、小説などが最大の娯楽になっていて、そこの楽しみだけは奪われることはもはやないでしょう。


 超遅くなりましたが、10周年おめでとうございます!!!