単行のカナリア

感じて想する

当ブログは、反スピリチュアル、反オカルト健康法を掲げています

 当ブログは、反スピリチュアル、反オカルト健康法を掲げている。これからも身近でなにかあるたびに書くと思う。なので、なぜ俺がそうなってしまったかについて書いておきたい。

 主な理由は二つある。

・過去に身内が被害にあった

・身内が被害にあいそう

 

 過去に被害にあった内容を箇条書き。これらは、俺が小学生から高校生にかけて起こったこと。

・高額なエスパーシール

・高額な謎のオブジェ

・高額な視力矯正器具

・高額な浄水器訪問販売(これについて)

・超高額な数珠

・高額な占い

・超高額な人生相談

・高額な札

 

 俺が記憶しているのはこれくらい。おそらくまだまだあるはず。訪問販売や視力矯正器具は、ただ金の問題だから当時の俺には関係なかった。エスパーシールはたまに目が合って気持ち悪かった。しかし、占いや人生相談は、母の教育方針に決定的な影響を与えてしまった。幸いなことに、オカルト健康法は、母の親戚に医療従事者が多かったのもあり、玄関をまたぐことがなかった。

 とはいえ、これは過去の話。ただ俺が突っかかる理由にはなっていると思う。

 そして、現在、姉の周りではスピリチュアルやオカルト健康法の誘いが多い。姉がそうしたいのならば勝手にすればいいだけなので関与するつもりはなかった。が、姉には子供がいて、俺はその甥っ子と仲が良いからそこに被害が及ばないように介入するようになった。それは本当にやめたほうがいいよ、とはっきりと言う。姉には「健康やスピリチュアルに関するなにかの集まりや本をおすすめされたときは、とりあえず俺に聞いてくれ」と言い聞かして、もうだいぶ前から俺というフィルターを通してもらっている。過去に出来事があり、それはおかしいとなってからそのようになった。 

 具体的な名前を出さないが、本当に色々なあれやこれへの誘いがあって唖然とする。大体は「非常に金がかかる」ので門前払いにできる。いいかもしんないけど、そんな大金をはたいてまでではないよね、と。健康法は標準医療の範疇内ならばあとは好み。食事は極端な栄養の偏りがなさそうならばあとは好み。そうではないときは慎重に。もしくはやめとけ。という感じの助言になる。

 日常なのだ。俺の日常ではないが。身内の日常では、高額なスピリチュアルと、うさん臭いオカルト健康法が人の口から口へと闊歩している。 

 だから、俺にしては語気が強めにこの手の話題については書いてしまう。そのためにわざわざ本を読んだり、松永和紀のネット記事を読み漁ったりもする。 

 正直、身内にやってこなったらたいして興味すらなかっただろう。陰謀論は面白いが、スピリチュアルは面白くない。健康法なんてのもまるで興味もない。

 でも身近にやってくるから、ヤバそうなのを排除するために俺は躍起になって言ったりLINEしたりする。ついでにブログも書く。ヤバそうかどうかの根拠は、もっぱらが俺にとっての「常識的な判断」である。その常識は、俺より頭が良く勉強しつづけてきた人たちの本。そういう人たちに信頼されている人の本による。俺にとっての常識的が誰かにとっては非常識なのは言うまでもない。どっちが正しいとか正しくないとかの話は俺には難しくてできない。ただ、高い金を払って龍神に拝んだり、すべての炭水化物と発酵食品を禁止したりすることに賛成できないから、このときばかりは俺の常識を振りかざすことになる。

 そりゃあ、身近な人にはハッピーになってもらいたい。甥っ子に関してはまだ子どもだから特にそう思う。でもあんたたちの言うことに従ってもハッピーになるとはどうしても思えない。そういう理由で、俺は日常でもブログでも、反スピリチュアル、反オカルト健康法を掲げている。俺が常識とかいうこれまで苦しめられてきたものに頼ってまで、それはやめたほうがいいと意見を押しつけるのだ。正義感に燃えているとか、小馬鹿にしたいとか、そういうことで決してはない。

 特に書いていて楽しいわけでもないから、ブログで「あいつらさあ」みたいなことを書く機会がなければ、それが一番いいに決まっているのだ。でも、中々そうはならなさそうで、なんか俺含めてみんな不安でいっぱいでしんどいんだなあと思った次第。