単行のカナリア

スプラトゥーン3のサーモンラン全ステージ野良カンスト勢です!

「面倒くさい」という狂気の孵卵器  「狂い」の構造/春日武彦、平山夢明


 すごい本を読んだ。一度読んだだけで、これまでの自分の知識に絡みついて、それらをあらたな情報に書き換えられるような感覚。まるでウイルスのごとき威力があった。面倒くさがらずに書評というのを書いてみる。

 面倒くさい、と思ったそこのあなた。今回だけはページを閉じずに是非この記事を見てほしい。その面倒くさいは場合によっては狂気を育成する孵卵器になってしまうのかもしれません。

 「面倒くさい」が「狂気」のはじまり。という言葉をキーワードに置いて、精神科医とミステリー作家がツッコミどころ満載の、自由きままなトークを繰り広げる対談本。あまりに軽快にぽんぽんと語っていくから、掲示板の書き込みでも見かけそうな調子の対話ではあるが、そこで語られていく内容は間を狂わす本質を射抜くものであり、とてもスリリングであった。

 その本質というのは

面倒くさいが狂気のはじまり


 というこの内容に尽きる。
 
 だって面倒くさいから謙虚にならずに、だって面倒くさいから危険を顧みずに、だって面倒くさいから思考停止。シャッター街の活気のなさも、パチンコの駐車場で車の中に子供を放置するのも、助かる手段があるのにも関わらず自殺するのも、だって面倒くさいからそうする。面倒くさい、なんて恐ろしい言葉なのだろう。

 ためしに「人生 めんどくさい」とググってみた。すると、つらつらと怨念の言葉がでてくるでてくる。

 もし直面している状況が面倒くさいなら、それ以上は面倒くさくならないように努力して改善するしかないのに、それすら面倒くさいからほっておいてもっと面倒くさくなる、というベタな負のスパイラルが巻き起こるのだ。そして、そのスパイラルが行き着く果てでは、何も考えずに「面倒くさい」の奴隷になってしまって、狂う。のだろう。身も震えるほどに恐ろしい仕組みである。他人事ではない。

 
 古谷実の「グリーンヒル」という漫画では、ラストでは「人生最大の敵、めんどくさいに打ち勝って立派な大人になりたいなぁ~」という台詞がある。この漫画の作者は、下品きわまりないギャグ漫画を描いた初期から、人間の懊悩や殺人者の苦悩を描いている現在と、ずいぶんと作風が変わってきている。余談ですが、私は古谷実の大ファンです。はやく新刊だしてくれ!


 しかし、それのどの作品に共通しているのが「面倒くさがってダメな人間」がキャラクターに出てくる。そのキャラクターたちは、笑いに昇華しようが、殺人に及ぼうが、誰もがみな面倒くさがって良くない状況になっていくのだ。この書籍を読んでいて俺はそれが頭に浮かんでいた。笑えるうちならまだいいが、笑えなくなってしまうことだってあるのだ。 

本文より。

 (パチンコ屋で子供を危険な目に合わせて逮捕された親の話が出て)
平山(作家):あの夫婦は正常なんですか?
春日(精神科医): 少なくとも法律的には正常の範疇。病人としては、薬飲ませたり入院させればなんとかなるというのが前提だから、あんなのどうにもならないよ。
平山 あの事件でグッときたのは、およそ一般の母親像からはほど遠いような恐ろしい精神の雑さ加減、それも致命的な。あれが凄い。あまりにもものを考えていない感じがホラーっぽくもありましたね。
春日 あれは治んない、治んない
平山 坊さんが説教したら治ったりする?
春日 治んないよ
平山 あれね、はたから見れば単に向こう側に落ちてしまった狂気以外の何者でもないけど、
「なんでそんなことをしたの?」って本人に聞けば
「急いでいたから」とか「少しなら大丈夫かと思って」とか、一応外見はまともに見える言い訳をぶっ放すと思うんですよ。
で、俺ね、この「面倒くささ」っていうのは狂気の孵卵器=おかあさんだと思っているんですよ。
簡単に狂った行為を生み出す純粋装置として、立派に機能している。
つまり、面倒くさがっていると狂うんですよ。
・・・
春日 そういうタイプって、本当に欲望の規制解除が速い。
世間や常識を自分流に都合よく翻訳・上書きしていくそのスピードは、まさにのぞみ700系ですよ。
おまけにそこで得た結論には、なんの疑問ももたずコンマ何秒で飛びつく。

【読書】『「狂い」の構造』~腑に落ちる狂気論(抜粋有)より


 こんな調子で、個人的統計を拠りどころしている地盤が弱い根拠ではあるが、俺はこれにどうも納得してしまうのだ。
 加害者に積極性がない事件を見ていて、なんでそんな事件を起こしたんだ、という疑問があったときにこの「面倒くさい」をぽんと投げ込むと、そこに納得がいくストーリーが作られる。そうか、面倒くさかったのか。という単純で巨大なストーリーが。

 しかし、勘違いはしてはいけない。


 「面倒くさい」ことを避けるために面倒くさいことを出来る人間は別。危険なのは面倒くさいから何もしない人間。 そういった人間が抱える面倒くさいは思考を停止させてゆっくりと理性を腐らせて狂気を生みだす。誰だって人生の中で幾度も思う感情である面倒くさいであるが、これほど身近なところに狂気のインキュベーターが構えているのだ。


 面倒くさいは狂気の始まりは決して大げさではない。と思うのだけど、面倒くさいに打ち勝つのはそれこそ……。