単行のカナリア

感じて想する

Kindleはいい。たくさんの字を読みなさい

 

 Kindleはいい。AmazonのFireタブレットを買ってからさらに本を読むようになった。……とブログの下書きにあった。いまは俺の部屋に本を置くスペースがなくなってきたという物理的要請からFireタブレットを利用することが増えた。電子書籍がある本は紙の本よりそちらを優先して買っている。

 Fireタブレットのメリットいえばなんだろう。

  • 部屋を真っ暗にして読める
  • ハヤカワ文庫SFがセールで安く買える
  • マーカーがひけてあとでそこだけ読める
  • 唐辺葉介「電気サーカス」が正規の値段で買える
  • 本によっては注釈にとべて読みやすい
  • すぐスクショを撮れる
  • 場所を取らない

 とかだろうか。

 Fireタブレットのメリットを挙げたが、俺はできるならば紙の本で読みたいとおもっている。Kindleアプリはライブラリ管理がしにくく、たまにページをめくるといった基本的な操作が重くなるのが致命的だ。好みと快適さでも本に軍配が上がる。それなのになぜ俺がFireタブレットを利用しているかは、ひとえに部屋の狭さに起因し、その状況がつづく以上は場所を取らない「Kindleはいい」となる。「Kindle」の部分はべつに電子書籍のサービスならばなんでもいい。

 図書館は利用していない。いや、しにくいといったほうが正確だろうか。俺には「俺はこの本を読みきれないかもしれない、昔みたいに文字が滑って頭に入ってこなくなるかもしれない」と強迫観念がある。その強迫観念と返却期限がある図書館は相性が悪いのだ。事実、10年前に図書館で借りたのに一冊も読めなかった時期があった。それ以来、図書館は遠い。

 冒頭の画像にある16冊の本は、ライブラリが最新の本が表示される仕様なのでひとつひとつクリックして並べていった。俺はすばらしいい本をあまり知らないが、すばらしい本を知っている人を知っているから、こうしてすばらしい本を並べられるくらいには読めている。Google検索で目当ての情報を拾いあげるのが難しくなってきた昨今では、「俺が好きになりそうな本をいっぱい読んでいる」人を知っていることは財産といえるだろう。

 タイトルは8otto「RIWO」の歌詞「本はいい/たくさんの字を読みなさい」から。

 引用しておいてなんだが「本はいい」と言いきるのは難しい。「よくない本」にまで話を広げるとさらに難しいことなる。俺は上原義広の「路地の子」「被差別のグルメ」はおすすめできる一方、同じ著者の「断薬記―私がうつ病の薬をやめた理由―」はおすすめできない。また、だいぶ前の話だが俺の好きなバンドのメンバーが(俺が)よくない(と思う)本に影響されていた。そういうの。言いきることができずに淀む。慎重なのか臆病なのかそれはわからん。難しい。たくさんの字を読みたい。