単行のカナリア

感じて想する

恋愛SLGのHゲーとは何ぞや 、『天使の囀り』を読んだ

 

 ネタバレあります。貴志祐介の『黒い家』や『新世界より』しかり、シナリオ自体はわりと序盤で予想が付きやすい。どんでん返しはなく、むしろ取材や文献などによる膨大な情報量によってストーリーを肉付けし、うっすら予想されるストーリーがリアリティをもって着実に展開されていくことこその怖さと面白さがあると思っている。あらかじめ予告された不安の実現、その様を味わう作品群だろう。とはいえ、ネタバレ全開感想。

  

 『天使の囀り』は、情報/知識を面白がれるかどうかで、評価が別れそうな作品だ と思った。精神安定剤気分安定薬の区別を付けているし、モザイク外しソフトの解説が一ページにわたって書かれる。神話、生物学、精神分析、線虫の脳神経への作用機序といったストーリーの根幹に関わる情報についてはさらに膨大なページを割かれる。天使の囀りの正体は序盤で分かるから、その後に明かされる、生態や作用がミステリーの要素になっている。ひっくるめて取材力の賜物といえる。そのせいで冗長とか批判されるくらいで、そこがいいんじゃないかという感想もある。俺は後者側。

 終盤に作中屈指の名シーンがある。フリーターの荻野信一が蟲に寄生され、頭部は膨張しサングラスは皮膚に突き刺さりながらも、意識の狭間で「……シテ」「コロシテ」と最後まで人間らしくあろうとし、しまいにはガソリンぶっかけられて業火の渦のなかで恋愛SLGのHゲーのOPを息絶え絶えになりながら歌いつづけて、やがて灰になるドラマチックなシーンがある。個人的なハイライトでもあり、グロテスクでもありセンチメンタルでもある『天使の囀り』を象徴したようなシーンと感じた。

 それにしても、Hゲーで、恋愛SLGときた。いや、これって恋愛ADVのエロゲじゃないの? 「ときおり三つぐらいの選択肢が示されるのだが」のあたりからして、恋愛SLGとはゲームシステムが異なるような気がする。あとHゲーという表現はあまり聞いたことがない。アダルトゲームや美少女ノベルならよく聞く。さては重要なシーンで登場させたわりには取材がしてなかったんじゃないの、とは別に思わない。そもそも、コンピュータソフトウェア倫理機構とか、クリア済みのセーブデータをネットでダウンロードできるとか、五十時間かかるとか、それ以外は的確だと感じた。

 Hゲーの話はさておき、恐怖を快楽に転化させる線虫寄生体という肝になるアイデアはおもしろい。それの功罪について掘り下げていれば、古典的功利主義の俎上にすら上がるかもしれない。グレッグ・イーガンの『しあわせの理由』みたいに。でも、そうなるためには虫に寄生されなければならず、その生理的嫌悪感の前では、議論の余地すらない。だから燃やして一掃するしかないし、その選択は納得できるものだった。とはいえ、やはり結局は毒にも「薬にも」なってしまったけれど。虫が大好きな人間だが、それでも「……うげ」となった描写もあった。広く評価されている本でここまでグロテスクなのはめずらしい。それも数多の情報の裏づけがあってこそで、この本が語り継がれる凄みはそれがあってこそだろうなと感じた。

 ネタバレしたら面白さは損なわれるかもしれないが、この本をネタバレせずにおすすめするのはそれはそれでどうなの?と思う。ホラーの名に相応しく、寄生後の荻野信一がハイテンションになって書き上げた評論は怖い。それと、死に取り憑かれた人物が、本棚に大量の『死』をテーマにした書籍があったという描写も、身に覚えがあって怖かった。

 作中に登場するHゲーの『School Days』の歌詞は「ああ。地上に訪れた、この奇跡の瞬間。君を待っている。制服の天使たち。放課後の図書館。蝉の鳴くプール。文化祭の校庭。そして、夕暮れの校門で」、「きっと、どこかにあるはずだよ。(略)天使たちの降り立つ場所が。それが、天使が丘ハイスクール。」……ってこの歌詞、どちらかといえば『さよならを教えて』じゃないか? 「どうぞあなた、さよならをください」的小説だったし。エロシーンこそはないが、BackCycがこういうエロゲ作ってそうだし、グロいので全年齢対象でもなさそうだし、人を選びそうだが、小出しにされる情報が寄り集まって正体が解明されていく過程は面白いし、そもそも人気があるようだし、よくわからんが評判通りの名作だった。