単行のカナリア

感じて想する

世界に失望するヒーロー式薬物ADV『さよなら、うつつ』のプレイ感想

 世界に失望するヒーロ式薬物ADVこと、18禁フリーゲームADVの『さよなら、うつつ』のプレイ感想記事。

 「さよ教やすば日々のBGMが良い」と書いた記事のコメント欄で、俺が「薬物描写のあるゲームが好き」かつ「ノベルゲームのBGMが好き」ということでオススメしてもらった。まさにその魅力が詰まった作品だった。プレイ時間は約三、五時間くらい。

 感想なのでネタバレしかない。ネタバレがあります。リンク。

elog.tokyo

 この作品を「薬物描写があるゲーム」としておすすめするのが、本当に素晴らしいおすすめの方法だと思った。決して皮肉ではなくて、その前情報のおかげでより楽しめたから。俺は「夏月はその薬物を使って現実と似た異世界『ムンドゥス』へと赴き」というあらすじから、「だったらその異世界の出来事は現実に反映されるのを次第に悟っていずれ全員か多数が死ぬんだろうな」とか浅はかな予想をしていたせいで、見事にやられてしまった。

 ネタバレありなのでいきなり結論から書くけど、薬物は出てこなかったという。なにせ終盤に「薬物は検出されなかった」と明かされる。例えば、一部の薬物を使用すると毛髪鑑定は長期間は証拠が残るのは有名な話で、夏月が水夜と出会って逮捕されるまでの期間の短さでは、最初の数回は麻薬で後はビタミン剤だった、というような穏当なつじつま合わせは難しい。そもそも真に迫った(真とは?)薬物描写は、アッパーでもありサイケでもあり、現実と照応できるようなものはなく「薬物」として表現されるものだった。そこは超能力なのだろう。もしくは超越論的能力ともいえる。 

 でも、この作品は世界に失望するヒーロ式薬物ADVなんだよな。作中でも羊おじさんが語っていたが、脳神経学者がTEDで「我々は人々が共有している幻覚を現実と呼ぶ」と語ったように、厳密に現実と幻覚を区別することは難しい。難しいってか、できない。そもそも人間は「現実」を認識していない。目や耳を通して獲得された生データを脳で処理することで世界を認識するが、その処理にはラグが発生する。目に見えているものは、かつて見たものにすぎない。消滅した遥か彼方にある星が「今、星が輝いて見える」のと同じように。現実のような何かを共有して「現実」と言っているだけ。

 人間にはその程度の貧弱な認知機構しか備えていないので、現実と幻覚にはっきりとした分割線を引いているのも、ただ人間が社会を運用していくための実務的な取り決めに過ぎないのだ。なんてことは「胡蝶の夢」という古い言葉が示すように人間がもうずっと昔から考えてことだし、そもそも我々は「水槽の脳」で、まだレッドピルが店舗に並んでないからバレてないだけなのだ。

 そこらへんの、現実と幻覚の不明瞭さについて、『さよなら、うつつ』はことさら意識的な作品だったと思う。最初こそ、「現実ではどうなっているか」「現実に幻覚をどう落とし込むか」という物語の整合性について気にしていたけど、その枠組みそのものを「薬物」や羊おじさんで溶かしにかかってきてるんだなと気づいてからは没頭して楽しめた。

 それもあって、幻覚を人に見せるための「薬物」という道具が多重の意味を帯びてくる。あなたが現実で現実らしさを確認するために摂取している「それ」こそ薬物だ、なんて話も登場する。幸福は麻薬。幸福に生きよ。などなど。そのような世界観では、愛し合っている二人に共有された幻覚は現実なのかどうか、という超越論的な問題にすら発展しそうになる。もちろん、その答えは分からない。むしろ夢か現かという二項対立という枠をグシャっと潰しにかかってくる。しかし、まあ夏月と水夜の愛は本物じゃないのかなと思ったりもする。キマってるのに? キマっているからこそ。この世界では。 

 で、この作品の魅力はBGMがいい。ちゃんとBGM鑑賞モードがある! 初っ端から「ジムノペディ」だ。この曲は人気ゆえに、『その男、凶暴につき』、『素晴らしき日々~不連続存在~』、『明日、君がいない』、『涼宮ハルヒの消失』などの様々な作品で使われている。その他のBGMは基本的に打ち込みのピアノの単音を基調にしている。そのピアノ旋律が、なぜだか心細い。ときどき不協和音のような響きを孕む。絶妙なバランスの上で成りたっているようなBGMだ。これがまさに、ゲーム中の現実と幻覚の曖昧さが強調されるような感覚に陥る。やっぱりBGMがあってこそノベルゲームなんだよ。ちなみに俺が一番好きな曲は『静謐に濡れる紫陽花』。次点で『危機来気奇』。

 つまり『薬物描写があるBGMがいいノベルゲーム』だった。

 ここからは細かい感想へ。

 序盤の夏月と沙希が、ずいぶんと生ぬるい幼馴染ごっこをやっているなーと思っていたら、当の夏月がそれを痛感して苦悩していた。というか過去に、夏月がその役割を超えようとしたら沙希に否定されて、挙句の果てに「幼馴染でいて」と呪いの言葉すら吐かれていた。そりゃあ、夏月はそうなっちゃうのも仕方ない……のか?  

 夏月は出会い頭に「あなたは殺す側?」と聞いてくる謎の少女の水夜に段々と惹かれていくのだが、終盤で、その水夜がキメセクシーンで饒舌になっていったのがお決まりの展開でよかった。そして出てくる「挿送」のワード。何を隠そう、このゲームはエロゲだったのだ。俺は最近になってこの言葉が官能小説で使われはじめた造語と知った。

 しかし、俺がふと気になったのが、夏月は日常生活(フェブラ!)で幼馴染という役割を否定しながらも、「ムンドゥス」では救世主という役割と喜々として受け入れる。幼馴染も救世主も主人公を縛るという点では同じ役割なのだ。ただ、夏月からすれば交換可能性の違いがある。俺だけが世界を救うことができる、選ばれた人間で替えが効かないという気持ち。とはいえ、幼馴染だってその定義からして交換不可能だろうとも思わなくもないのと、あと救世主はそれこそ役割でしかないと思った。前者よくないが、後者はいい。その差は一体何だろうと考えた。おそらく、人に選び取らされたものと、自らが選び取ったという、決断の有無は大きいのだろう。最初はプレイしていて実存主義って言葉が思い浮かんだし。主体性があるかどうかというのは、告白に失敗し幼馴染を押し付けられた夏月にとって、それこそ切実な問題だったのかもしれない。もしくは、結局はどの次元でも役割を脱ぎ去ることはできない、という絶望を見出してもいいのかもしれない。まあ少なくともその次元には愛はあったから、それだけもう最終的に選ぶことは何らおかしくもないけど。

 おもわず笑ったのが、ファイル序章で出てくるテキスト。ここめっちゃ好き。

また、日記という証拠資料の特殊な体裁を考慮し、事実に基づくことより読みやすさ、自然さを優先した。そのため記述者の意向でゼロ年代にノベルゲームで広く普及した特殊な記述方法で記録されている。以上のことを了承した上での観覧を勧める。

 いや、それは特殊すぎるって。立ち絵、BGM、クリックして先に進むテキスト。メタ言及自体は別に好きでも嫌いでもないが、ここのメタ言及の突き抜けっぷりは面白かった。そうか、そういう作品でいいんだな!と受けとった。ちなみに俺はその記述方法がめちゃくちゃ好き。教科書がこの記述方法だったら俺はもっと授業をちゃんと聞けてたのに。それで世の中の98%くらいには了承されなさそう。

 Q.ムンドゥスで薬をキメたらどうなる? A.気分が高揚するだけ。なるほど! なんか知らないけどこのシーンに妙に納得して印象深い。 

 他に印象的なシーンは、終盤の夏月が警察や教師に尋問を受け、死中に活を求めて変性意識に潜り込んだあとに、Undettaleのような戦闘BGMが流れてくるところ。それでテキストでも「きっとこれは失敗だ。あまりに馬鹿げている展開。ゲームのような安っぽい演出に子供だまじなシリアス陳腐なBGM半端な危機一髪」と書かれる。で、その後がよくって、「俺にはもうこんな方法しか残されていない」からの「しかしこれでいい」という宣言の力強さが心に響いた。ついに夏月は夢とも現ともいえない世界の中で自己を確立する。役割という殻を脱皮し、水夜との関係性の中で生まれ変わる。彼はこうしてヒーローになったのだ。自分で退屈から自分を救う、自分自身のヒーローに。決断の意志というのはそこが出発点になる。因果を断ち切って、そこからすべてを始める。それが意志だRight!!

 人間と校舎とガソリンをくべてキャンプファイヤーしながらキメセクするな! 

 あとは、薬物描写については、注射器を刺して血に成分が流れ取り込み脳神経から伝達物質がドクドクと放出されるように、言葉が駆け巡るようにでてくるシーンと演出はおおーっ!となった。ああいう文章、ノベルゲーム内で読むのがめっちゃ好きだからとてもよかった。高速でテキストが流れてなんだなんだ?となったあとにバックログでじっくりと破綻した文章を読み返す、これこそ薬物描写の最高の楽しみ方だと薬物をやったことがない薬物描写愛好家としては主張したい。なにせああいう描写は本で読んだときに白けてしまうことが多かったから。このゲームはSEとか演出とかも凝っているのもあって、薬物描写はこのゲームの見所の一つだろう。進んで、その先にムンドゥスが。(この声に従って進んだら屋上から落ちて死ぬエンドになると思ってました)

 キャラクターでは、探偵ごっこをしていた谷口は仲間に混ぜろよってつい調子に乗ったら瞬殺されて何とも言えない気持ちになった。幼馴染はあまりに多くを求めすぎていた。リアリズムの勝俣は自身の正義に一貫して忠実だったが、彼が得意とするはずの暴力で負けていて夏月の戦闘力の高さに驚いた。そういや戦闘シーンはかなり事細かく描写されていて、そこでの夏月はフィジカルエリートだったのを思いだした。その点でも、彼が選ばれし者であるのは間違いない。

 最初、フルスクリーンでプレイしてて、テキストスピードを変更したくて戻るためにEscを押したら隠し文章?が出てきて、これは深刻なネタバレを見てしまったのでは……と思ったがそうでもなかった。